※以下の文はこの地球Aから少し時間軸のずれた地球A’で起こったキヨシローとチャボのお話です。この地球Aで起きたことと違うところが多々ありますが、ご容赦下さい。
「イエー、イエー、イエー、RCサクセションです。イエー。」
「俺らのなー、ゴキゲンなラブソングを聴いて盛り上がってってくれー。イエー。」
たくさんの客の前で、俺はそいつらをアジっていた。ギンギラギンの衣装を身に纏って。
ここは、久保講堂。客をアジりながら、俺の気持ちもどうしようもなく高ぶってきている。
「オッケー、カモン、リンコ・ワッショー!」
演奏が始まった。
さかのぼること、1年半前の晩夏。
「ねぇ、チャボ。明日時間あるかな?」
キヨシからこんな電話があったのは、もう寝ようかと妻のヒサコと話していたときのことであった。
「うん、大丈夫。もちろんあるよ。何?」
大丈夫も何もさっきまで一緒にいたじゃねーか。何でさっき言わなかったんだよ。というか毎日俺達の家に入り浸っているじゃん。察するにどうも公衆電話からかけているみたいだ。
「いやね、明日キミと一緒にRCの曲を書けないかと思って。」
「曲?それはいいね。」
だから、そんなことだったらさっき言えばいいのに。いいんじゃないか。曲作ろうぜ。
「ヒットするやつ。そんな曲を作りたいんだ」
そうか。ヒットする曲か。それでヒサコの前では言いづらかったんだな。シャイなキヨシらしいっちゃらしいけど。でもついに来たか。俺はキヨシからその言葉が出るのを薄々予感していた。
というのも、あいつとあいつの彼女であるイシイさんが結婚するしないで話をしているというのをキヨシから聞いていたからだ。キヨシがある日イシイさんの家に行き、「娘さんと結婚させて下さい。」と挨拶したら、親父さんが「誰が売れない歌手なんかに娘をやれるか。」と一喝され、すごすごと帰ったそうだ。その時からキヨシは「絶対売れてやる。」と思ったらしい。そのためにどうすればいいか、随分考えていたようだ。「ステップ」は、そのための第1弾だったが正直言って結果は芳しくなかった。
「ヒットするやつか。いいじゃん、それ。」
俺はそう言った。
「チャボもそう思う?」
「うん、『ステップ』、今イチだったからな。」
「そうなんだよね。今度はRCのメンバーとレコーディングもしたいし。」
「分かったよ。じゃあ明日、待ってるよ。」
電話を切ってから、「ステップ」のキヨシのボーカルは良かったんだけどね、と思い返す。この曲からキヨシの歌い方は明らかに変わった。「スローバラード」「わかってもらえるさ」からその萌芽は見られたが、誤解を怖れずに言うとオーティス・レディングの歌い方が一部入っている。今までもオーティスの匂いは感じられたが、甘い響きもその声には含まれていた。しかし、「ステップ」では、特に「ダンスダンスダンスダンス・・・」と歌うところはもろオーティスだ。でもあいつが歌うとOtis Reddingっていう英語表記じゃなくて、カタカナのオーティス、なんだよなぁ。このニュアンスの違いは伝えにくい。何て言うんだろう、コピーしてるんじゃない、あいつの歌い方になっているんだよな。特に「ダ」「ガ」と発音するところは聴いていてぞくぞくする。あいつは、絶対家でこの歌い方を研究し練習していたはずだ。そして「ステップ」での歌い方は、あいつなりに「この歌い方で売れる。」という意志が伝わってきた。そんなことを考えているうちに気持ちがじわじわ高ぶってきた。RCでヒット曲か。いいな。
「キヨシ君からだったの?」
「うん、明日来るって。曲を作るんだ。」
俺は、『ヒットする』をとばして言った。
「わざわざ電話しなくても、毎日来てるのにね。明日もコカコーラ2本かな。」
にこりと笑いながらヒサコが立ち上がる。キヨシは、俺達の家に来るたびにコカコーラを2本持ってくる。そして、俺達で1本を分け合い、ヒサコは1本分もらえたのだ。「奥さん、いつもすみませんねぇ。」と言いながらキヨシはヒサコにコカコーラを渡していた。
「先に寝るね。おやすみなさい。」
「おう。おやすみ。」
何かを察したのか、彼女の方からリビングを離れた。
俺にはひとつアイディアがあった。それは、キヨシが「新生RCで売れたいんだ。」と言った時から何となく頭にあったものだった。売れるためにはどうすればいいか、二人でストーンズやフェイセスなどを聴いて研究していた時から考えていたことだ。それは、リフである。かっこいいリフがある曲をRCで演奏できるといいな、と俺は思っていた。そこで一人でもいろいろ聴いてみて、弾いてみた結果、最近出来たリフがあったのだ。