hanami1294のブログ

現在休職中の小学校教員のつぶやきです(只今復職中)。

めっきり弱くなった

弱くなったのは酒のことである。ビールだと500mlを1本飲めばもう飲めませんってなるし、昨日はラムトニック400mlで意識が朦朧としてしまった。2杯目を作ったんだけれど、一口も飲まずにシンクに流しちゃったよ。

 

 

かなり前に書いたが、僕は一時期アルコールに溺れていた。その時はまず帰ってからビール500mlを2本一気に飲み干す。その間15分程である。その後ジントニックかラムトニックを意識がなくなるまで延々飲んでいた。

 

 

食べるのは朝の残りのパンと、ヨーグルトだけである。そんな生活を2年ほど続けていた。眠剤等はジントニック或いはラムトニックで流し込んでいた。そして只々映画を観ていた。この頃に観た映画のタイトルも内容も今ではすっかり忘れている。当然だよね。それにしても体はバキバキに筋肉質だったのが不思議だった。

 

 

毎週土曜日には酒のやまやに行ってしこたまアルコールとトニックウォーターや赤ワインなんかを買い込んでいたがそんなことも今ではほとんどしない。変われば変わるものだ。

 

 

しかし食欲の方はちっとも変わらない。相変わらずモリモリである。50代も後半になるとちょっとこってりしたものは勘弁して・・・ってなると思っていたけれど、相変わらず味の濃いものが好きだ。ただ、塩分には気をつけるようにはなったかな。矛盾してるようだけど。自分で作る時は少しだけど塩分控えめにしてるよ。

 

 

昨日一昨日とアルコールを摂取したので、今日はもう飲まなくてもいいや、というか飲みたくない。この調子で煙草も自然と吸わなく・・・はならないか。こちらも気にはなっている。もし、妻が副流煙が原因で癌にでもなろうものなら大変なことだ。そろそろ真剣に考えた方がいいのかもしれない。

 

 

大体は6日で4箱くらい吸っている。80本わる6は、13本あまり2本か。吸うのは朝と晩だけだから朝6本、晩6本くらいか。もう少し減らしたいな。でもこうして計算してみると体感より吸っていることが分かった。意識すれば、特に吸わなくてもいい場面で我慢できそうではある。そうなんだよ、煙草って無意識に手が伸びて吸っちゃう時があるんだよね。これを意識して、「いかん、今は吸わないでおこう」作戦でしばらくいってみるか。

 

 

 

 

さて、ザ・ルースターズである。めでたく11月1日に全タイトル作品がサブスク解禁となったのだ。嬉しくなって今日は朝から聴きまくっちゃったよ。

 

 

ザ・ルースターズについては、何回も書いているので特筆すべきことはない。ただ、サブスク解禁を祝して何か書きたくなっただけだ。

 

 

彼らは1980年にシングル「ロージー/恋をしようよ」でデビューした。バンド名表記は「THE ROOSTERS」であった。その後リーダーの大江慎也の精神的不調やバンドサウンドが大きく変わるなどいろいろあった。そして1984年4月に発表した5枚目のアルバム「GOOD DREAMS」からバンド名表記を「THE ROOSTERZ」へと変更する。

 

 

ウィキによると大江の突発的な思いつきによるもので、「別にたいした意味はなかった」「なんだか有機質から無機質になったなって今にしてみると思うけど」と後年語っている。

 

 

1984年12月にはアルバム「φ(ファイ)」を発表するが、大江はそのまま脱退。これでバンドは解散すると誰もが思った。

 

 

しかし、1985年7月発売のシングル「SOS」より、ギターの花田裕之がメイン・ボーカルをとるようになる。この花田の英断に拍手喝さいを送ったと過去記事に書いたと思う。だから大江脱退後も僕はザ・ルースターズを応援し続けた。悪くなかったよ。悪くなかったけれど、1986年の「NEON BOY」と「KAMINARI」、1987年の「PASSENGER」はホントに応援するって感じだったな。

 

 

そのことは本人たちが一番感じていた。だからこそ、「最後にビシッとしたアルバムを作ろうぜ」と花田と下山淳は話し合って、最強のリズム隊を迎えて1988年に「FOUR PIECES」を作ったのだ。ザ・ルースターズの最後に相応しい素晴らしい出来だった。

 

 

 

今回のことがあったので、自分のiPhoneにどれくらい音源が入っているのかチェックしてみたら何のことはない、「NEON BOY」「KAMINARI」「PASSENGER」以外の作品は全部取り込んであった。そうか、そうだよな。

 

 

というわけで今の僕の楽しみはこの3作品を36年ぶりに聴くことだ。そんなことを考えていると思い出したことがあった。

 

 

解散するにあたってのインタビュー記事になるのかな、その時に花田は「『PASSENGER』(パリで録音した)の時、プロデューサーにはっきり言われてこれはいかん、と思った」と語っている(←うろ覚え)。何をはっきり言われたのかと言うと「このドラムじゃあいかん」「ドラマーにフィルインはさせるな」ということだ(←こっちもうろ覚え。間違ってたらごめん)。

 

 

でもウィキによると「KAMINARI」は後にザ・ミッシェル・ガン・エレファントにも影響を与え、今でも人気がある爆音ギターロックのルーツだそうだ。うーん、そこまで言ってもいいのかなあ。まあ、これも楽しみの一つと思って聴くことにしよう。

 

 

でも肝心の花田ルースターズデビュー曲の「SOS」はどこにも収録されてないんだよね。あのシングルのB面には花田らしいいい曲も入っていたんだけどなあ。これだけが今回の不満点である。

 

 

久しぶりに聴く花田のボーカルはやっぱりかっこいいな。線が細いのに男気を感じるっていうか、九州男児っていうか、そういう骨太さが垣間見える。その辺のアンバランス具合が世の花田ファンには堪らないのだろう。僕もその一人である。

 

 

花田よ、そろそろソロアルバムを出してもいいんじゃない?それともザ・ルースターズ名義で1枚作っちゃう?