hanami1294のブログ

現在休職中の小学校教員のつぶやきです(只今復職中)。

フォーハンドレッド外伝⑤(チアイの妖精日記)

会えなくなって3ヶ月。私は仕事の合間をぬってタナカさんの様子を窺っていた。日に日に元気がなくなっていくタナカさんを見るのは辛かった。こちらから思念を送っても、届いたという感触がない。こうなったら私としてはどうしようもできない。でも1つだけ方法があった。私にとってはリスクの大きいものだ。それを実行に移す時が来たのかもしれない。


私は、神様のいる森へと向かっている。心の中でこう念じながら。「先生の神様、タナカさんを助けてあげて下さい。先生の神様、お願いします。」どれくらい森の中を彷徨っていただろうか。突然目の前に人間の形をした雲のようなものが現れた。先生の神様だと私は確信した。

「何の用だ。」
「私、一人の人間を助けたいんです。」
「なぜ。」
「私にとっては無くてはならない人間だからです。」
「妖精のお前に無くてはならない人間なぞいない。」
「タナカさんは、私にとって特別な存在だからです。」
「どんな風に。」
「・・・」
私は言葉に詰まる。しかし思い切って言った。
「私は、妖精界では夢デリの仕事をしていました。夢デリというのは、人間が見る夢の中で、その人の心と身体を慰める仕事のことです。」
「そんなことは知っているよ。」
「いろいろな人が夢を通して私の身体を抱きました。中には酷いことを言う人もいました。私は、夢見る人の心と身体を慰めることに努めていましたが、タナカさんは私をひとつの存在として心も身体も丸ごと受け止めてくれていました。そしていつしか私の方がタナカさんに慰められていたのです。その人が今、苦境に陥っているのです。」


「それで。どうしたいのだ。」
「人間界に行かせて下さい。夢の中に入るのではなく、実際に。現実の存在として。」
「お前の序列からすると、それは無理だ。まあいい。何か計画はあるのか。」
「タナカさんに授業をさせようと思っています。」
「何のために。その男は普段仕事で授業をしているのだろう?」
「それはそうです。でもそれは、心が疲れ切った状態での授業です。そうでない授業をあの人にさせてあげたいのです。」
「それでタナカは苦境を脱することができるのか。」
「はい。今のタナカさんにとって『いい授業』をすること、それこそが生きる糧なのです。」
「あとは。」
「私が人間の姿になることを1回だけお許し下さい。」


「お前はそれがどういう意味か分かって言っているんだな。それでも必要なことなのか。」
「はい。妖精カーストの最下位になることは承知です。それでも必要なことなんです。」
「妖精カーストの最下位が何を意味するかも承知なんだな。」
「はい。背中の羽がなくなること、魔法の棒を取りあげられること、寿命が人間とほぼ同じになることです。」
「そこまでして人間界に行きたいのか。そんなにタナカとやらのことが気にかかるのか。」
「はい。」
「分かった。それではお前が人間界に行くのを許す。ただし2回だけだぞ。それで十分だろう。」
「ありがとうございます。」
「お前の力でタナカが幸せになるといいな。」
「はい。頑張ります。どうもありがとうございました。」
人間の形をした雲は、跡形もなく消えた。


こうして私は、タナカさんのところに行くことになった。そして何だか分からないけれど、タナカさんは素直に妖精の姿をした私のことを受け入れ、授業もしてくれた。しかし、もう1回授業をしたいと言い出した。それは少し困る。私には私の計画があったからだ。どうしよう。もう1度神様のところへ行こう。妖精として生きられなくなっても構わない。私は決心した。

この前と同じように、深い森の中に入り、念じ続けると先生の神様がやってきた。前と同じように雲のような形をしている。
「チアイ。どうしたんだ。もう解決したのか。」
「そのことでお願いにあがったのです。」
「なんだ。」
「1度妖精として人間界に行ってきました。神様との約束ではあと1回人間の姿として行くことを許されているのですが・・・。」
「なんだ。言ってみろ。」
「もう1回、つまりあと2回人間界に行かせてもらえないでしょうか。」
「チアイは、私との約束を破るというのだな。」
「そう言われれば一言もありません。ですが、あと2回、どうしても必要なのです。」
「無理だな。そんな虫のいい話は聞けない。」
「私は、あの人が救われるのなら、死んでもいいです。」
「妖精がそんなことを軽々しく言うものじゃない。どうしたものかな。」
私は神様の言葉をじっと待った。しかし神様は、
「やはり無理だな。」
と言った。
「あと1回でタナカを救ってやれ。」
私は、神様の言葉に従うしかなかった。