400-始まり②

山奥にいる森の中のキツツキがドアをつついているような現実離れした音だった。しかし確かにノックの音だ。私はしばらく待ってみたが、再びノックの音はしなかった。ドアを開けるか迷ったが、結局好奇心に負けて玄関に向かった。

 

ドアを開けるとそこには妖精がいた。なんで妖精って分かるかって?だって私よりうんと小さくて私の顔の高さでふわふわ浮かんでいるんだ。背中には羽がついている。これはどう見ても妖精だろう。顔を見ると整った顔立ちでクリッとした目をしている。髪は長い。右手には棒を持っている。そして白いブラウスを着て黒のスカートをはいている。OLかよ、と思いながらも何処かで会ったかな、と思ったが、まさか。何で私が妖精に会うんだ。私は心の中に浮かんだことを封じ込めて、一応声をかけてみた。
「どちら様ですか?」
「妖精です。」
ほら、やっぱり妖精じゃないか。
「何しに来たの。」
私は、さっきから感じる不思議な既視感を抑えてあえてくだけた調子で話しかけてみた。「あなたに授業をしてもらおうと思って来たの。」
「授業?悪いけど俺、休職中なんだ。それにここは俺の家だよ。学校じゃない。子どももいないし。」
「大丈夫。ここを教室にして、子どもも用意するわ。」

 

そう、私は小学校の教員をしているのだ。職場の人間関係をこじらせて絶賛休職中の身である。妖精の登場までは、何とかついていったが(それもまたおかしな話だがどうしてだろう、彼女の顔が原因かもしれない)、私は頭がクラクラしてきた。
「まずは、ここを教室にしましょう。」
妖精は、私の心中など推し量ることもせずに持っていた棒を一振りした。
教室が現れた。机と椅子もある。ちゃんとソーシャル・ディスタンスが保たれている。
マジか。もうやるしかないのか。
「じゃあ子どもは4年生で頼むよ。」
「了解。」
また、棒を振った。振るごとに次々と子ども達が現れた。
「とても真面目で頑張り屋のハジメさん。ムードメーカーになれる子」
「発言することが好きで、よく黒板の前に出てきて説明するスズカさん。聞くことより話すことが好き。」
「算数の勉強は、正直言って面倒くさいと思っているタケルさん。でも思ったことはすぐ口に出る。」
「ノートに自分の考えを書くことが得意なマナさん。自分から話したりはしない。」
「他の友だちが考えないようなことを思いつくレンさん。マナさんと同じく自分から話したりはしない。」
棒を振りながら妖精は説明した。

私が、
「学力低位の子はいないの?」
と聞くと妖精は、
「了解。」
と言い、棒を振った。
「先生や友だちの言うことをなかなか理解できないシンヤさん。そのため自己肯定感が低い。」

どの子もマスクをしている。
「どう?これで授業できる?」
「できるよ。」
もうやけっぱちだ。
「ところでキミの名前は何て言うんだい?」
「チアイよ。」
チアイ。その言葉の響きにまたしても既視感を覚えた。さっきから現実離れしたことが続いているが、まあそんなことはどうでもいい。いい暇つぶしになる。
「じゃあチアイ、授業するから見ててくれよ。」
「はい。」
チアイは素直に返事をした。
「でも使うものなんてないぞ。」
「それなら大丈夫。あなたが欲しいと頭で考えたものすべてを準備することができるわ。」
と言った。そうか。人間を出してきたんだから、そんなのお茶の子さいさいか。

 

私はマスクをして、子ども達の方に向き直り、言った。
「初めまして。先生の名前は、タナカと言います。よろしくね。」