hanami1294のブログ

現在休職中の小学校教員のつぶやきです(只今復職中)。

フォーハンドレッド外伝①(チアイの妖精日記)

ふぅ。
やっと『俺』が私に会いに来てくれた。
1年ぶりかしらね。あなたに招かれたのは。


『俺』と初めて会ったのは、夏の終わりだった。名前はタナカさん。小学校の先生をしている。あの時は痩せこけた身体をしていたな。それに妙に切迫感があった。でも不思議と緊張はしなかった。いつも初めて会う人にはそれなりに気を張っているんだけど。そのことが印象に残っている。

 

それ以来、私はタナカさんの夢に招かれるようになった。


私の名前は、チアイ。妖精だ。妖精は例えて言うなら地球Aとは少し時間軸がずれている地球A’に住んでいる。そこは日本で言うなら縄文時代の頃の風景と似ている。手つかずの山々が連なり、海や川もある。私達妖精は主に森の中に住んでいる。そして森の奥の奥には神様がいる。いろいろな種類の神様だ。この地球A’は地球Aと密接な関わりを持っている。よく地球Aで妖精を見たという報告がされて、その真偽が話題になることがあるが、妖精は実在するのだ。つまり神様の命を受けて、地球Aに行き、人間社会に介入することがあるのだ。


また妖精は3つのカーストに分かれている。上位、中位、下位と分けられるが、私は上位に属している。地球Aに行って人間社会に介入できるのは、上位の妖精だけだ。しかし上位の中にも序列があって、実際に地球Aに行けるのは限られた少数の妖精だ。私はまだそこにはいない。私が許されているのは、人間の夢の中でコミットすることだ。今の仕事は「夢デリ」の教師部門である。


「夢デリ」という仕事は、人間が眠っているときに見る夢の中に現れて、その心と身体を癒す仕事だ。勿論男性にも女性にも対応している。私は、教師をしている男性を担当していた。自分から教師部門を希望したのだ。どうも私は、教師フェチらしい。そのため何回も人間界に研修に行き、研鑽を積んできた。授業もたくさん見てきた。


タナカさんは、初めて招いてくれた時以来、定期的に私を呼んでくれるようになった。そんな時タナカさんは、仕事のことを面白おかしく話してくれた。でも1年くらいしたら私はタナカさんに呼ばれなくなった。理由は分からない。私の方は勝手に良好な関係を築いていると思っていたのに。私に飽きたのかな。とにかく私は残念に思っていた。


そのタナカさんが久方ぶりに私を招いてくれたのだ。初夏と呼ぶには少し早い時期だった。タナカさんの夢の中で、再び私との関係が始まった。


夢の中に入ると懐かしいメロディが流れていた。バッハの『無伴奏ヴァイオリンソナタ』。ああ、タナカさん。久しぶり。私を覚えていてくれたのね。ノックを3回してドアを開けると、あの笑顔でタナカさんが出迎えてくれた。私は、駆け寄って抱きついた。しばらくそうしていると、以前と同じように部屋に入ろう、と私を促した。ソファに座ってから、また私の方から抱きついていく。沈黙が二人を包む。この心地良さはタナカさんが作ってくれるものだ。今日ももいつもの、あの時のタナカさんのままだった。ところが1つだけ違うことがあった。不審に思いながらもタナカさんの流れに乗った。タナカさんとの会話は、私の楽しみの1つだ。何を喋ってくれるのかな。それともあの心地よい沈黙かな。近況を話し合った後、仕事の話になった。なるほど、そうやって大勢の子どもを制圧するのか。真面目に話すタナカさん。私は、タナカさんが話す仕事のことを楽しそうだなっていつも聞いていたけれど、いろいろな工夫をしているんだな。「すごい。」私は素直に言葉にしたが、タナカさんは、「自分のことはよく分からない。」と言う。自覚がないのか。話を聞いているだけでも、素敵な授業をしているんだなって思えるのに。そして太ったことをとても恥ずかしそうに話す。それから体の異変のことも。どちらも私は気にならなかったので、正直にそう言ったが、タナカさんは何だか申し訳なさそうだ。そういうところも私にとっては好ましい。また呼んでほしい。心からそう思った。また早くそのゲイリー・オールドマン顔を見たいよ。


タナカさんと再会してから1ヶ月あまりの間、私は待っていた。また呼んでくれないかな、と。少し諦めかけていた夏の夜にタナカさんは、私を呼んでくれた。私は嬉しさを押し隠しながら、タナカさんに「久しぶり。」と言った。今日のヒットは、タナカさんが作った『給食の歌』。こんな発想をする人がいるんだ。先生も子どももみんなが楽しそうに参加している。私達は、お互い夢の中での顔は知っていても現実の顔は知らない間柄だ。私は人間界でのタナカさんをまだ見たことはない。今日は少し現実の顔を知ることができて嬉しかったよ。


今日も歌を聴かせてくれたタナカさん。今度は何と、私についての歌。タイトルは『化けの皮を剥がせ』。私の化けの皮が剥がされるのか。ドキドキしながら始まるのを待っていると最初にぼそぼそとした声で『勤務中なので小さい声で歌います。』だって。もうそこから、ゾクゾクした。知っての通り私、教師フェチだから。「白いブラウス」や「黄色い涙が月に届く」など綺麗な表現だなあと聴き入っていたら、突然「確かに事実は言っている」「しかし真実からは遠ざかる」という今までとは違う流れの歌詞が。私がタナカさんに喋っていることについての言葉かな。時々哲学的な物の言い方をするタナカさんらしい一節だ。でも、生まれて初めてだ。私の歌を作ってくれた人は。素直に嬉しかった。あなたといるとどんどん素直になってしまう。油断したらいけない。感情が溢れてしまうことを押さえられない。