負けても価値が下がらなかった男

大変なことを忘れていた。ジョン・レノンの映画「パワー・トゥ・ザ・ピープル」の上映が今日だったのだ。前回のチャンスを逃した僕は「次に行ければいいや」と思っていた。しかし今朝ウォーキングを終えてYouTubeを観ると、サッカリンさんがこの映画をレビューしている動画を見つけてしまった。悔しいので見なかったが、いやー惜しいことをしたものだ。いつかは観られるだろうが、映画館で観たかった。

 

 

 

でもこんなことはスッパリ忘れてしまおう。そして無理矢理ザ・ローリング・ストーンズの話に持っていこう。ニューアルバムをリリースすることが遂に発表された。もう何でもかんでも引用しちゃおう。

 

 

 

“2023年にリリースされた「ハックニー・ダイヤモンズ」に続く約3年ぶりのアルバム「フォーリン・タングス」を7月10日にリリースすることを発表”

 

 

“プロデューサーは前作同様アンドリュー・ワット。アルバムは全14曲。チャーリー・ワッツの生前に録音された音源も収録されている。ポール・マッカートニー、スティーヴ・ウィンウッド、ザ・キュアーのロバート・スミス、レッチリのチャド・スミスがゲスト参加している”

 

 

“ミックは「(レコーディングは)濃密な数週間だった。スタジオの部屋が大きすぎなかったから、全員の情熱を感じることができた」と語っている”

 

 

“キースは「再びロンドンの空気を感じながらレコーディングできたのは最高だった。1ヶ月間、集中して一気に作り上げた。何より楽しむことが大切だし、こうして続けられることに感謝している。これからもそうであることを願っている」と語っている”

 

 

 

「イン・ザ・スターズ」と「ラフ・アンド・ツイステッド」の2曲は先行公開されている。早速聴いてみようじゃないの。

 


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僕は「ハックニー・ダイヤモンズ」が発表された時に「これがストーンズのラストアルバムになるだろう」と力を込めて書いた。その後キースが「いやー、まだ曲があるんだよね」と言った時もまさかアルバムという形になるとは思ってもみなかった。だって80過ぎのおじいちゃんだよ。考えられる?このアルバムを引っ提げてツアーにでもでたらエライことになるよね。

 

 

 

先行の2曲の出来に大きな驚きはないが、最新のストーンズの曲なのだ。ありがたがって聴くしかないだろう。

 

 

 

 

 

さて、タイトルの話にいってみっか。5月2日に井上尚弥と中谷潤人が戦った。6日経った今でもYouTubeには感想動画がころがっている。僕は当日、結果だけ知って寝たが、試合自体はまだ見ていない。WOWOWで放送される日を心待ちにしている。

 

 

 

そんな僕が、この試合について書くのはおこがましいが、試合前に千原ジュニアが中谷選手と対談している動画を見て、俄然中谷選手に興味を持った。だから今日は彼のことについて(情報は少ないながらも)書いてみたい。

 

 

 

僕がジュニアとの対談で思ったのは「なんて好青年なんだろう」ということだった。ボクサーをうかがわせるような顔つきではないし、喋り方も穏やかだ。ジュニアも「ボクサーが言ってるとは思えない(言葉だ)」と言っている。そして彼がボクサーになった経緯を聞いて、凄いって思ったのだ。

 

 

 

中谷選手は、小学時代は空手をやっていたそううだ。しかし試合には勝てなかった。中学に入って(小6だったかな?)ジムに入り、ボクシングに熱中することになる。そして、中学卒業と同時に単身アメリカに渡り、ボクシング修行をするのだ。

 

 

 

アメリカに渡ることについては、中2の頃から思っていたらしいし、ボクシングを始めた時は「チャンピオンになる」と思っていたと言っていた。今どきこんな若者はいるだろうか?まずこの点に心を打たれた。今どき高校に行かないっていう選択をすること自体異常である。しかしそんな中谷選手を父は後押ししてくれた。

 

 

 

彼はロサンゼルスで名トレーナー(畑山についたこともある)であるルディ・エルナンデスに師事し、練習に明け暮れることになる。15歳の時だ。それ以来中谷選手とルディ氏は、固い絆で結ばれている。

 

 

 

誰か(元チャンピオン)が言っていたのだが、ルディがあることを指示したとする。しかし、何故そんなことをする必要があるのか分からなかったので、段々やらなくなったそうだ。しかし中谷選手だけは違った。ルディ氏から言われたことを黙々と取り組み、「止めろ」と言われるまで続けていたそうだ。昨日書いた若者とは逆である。まずやってみるのである。信頼関係がなかったらできないことだ。

 

 

 

ルディ氏はこう語っている。

 

 

 

“一つ新しいことを教われば、それが完璧に自分のものになるまで、自分に一切の妥協を許さない。こんな少年を見たことがなかった。その姿勢は今も変わらない。私はジュントを100%信じることができる”

 

 

 

中谷選手もこう語っている。

 

 

 

“ルディや岡部さんが言ってくれることを試すと「あ、本当だ!」ってなるんです。毎日のように新鮮な発見があります”

 

 

 

ロサンゼルスでの修行後、帰国した中谷選手は、プロになり井上戦までの戦績が32戦32勝(24KO)と素晴らしい結果を残している。そして井上選手の戦績も32戦32勝であった。どちらも負けられない一戦だ。

 

 

 

試合のことは見てみないとハッキリとしたことは言えないが、11ラウンドに井上選手の右アッパーが中谷選手の左目をとらえる。その後中谷選手は距離を取らざるを得なくなった。11ラウンド終了間際の左アッパーでもダメージが残った。結局最終12ラウンドで中谷選手はラッシュすることができなくて3-0の判定で敗れる。左目は、その後眼下底骨折していることが分かった。

 

 

 

素晴らしいと思った中谷選手を上回った井上選手は「モンスター」という称号以上に強かった。ちょっとやそっとじゃ勝てないだろう。でもだからと言って中谷選手が弱かったわけではない。むしろその評価は上がっている。「井上選手とのポイント差がここまで少ないとは」「井上選手にあれだけのことをやらせたのは、中谷選手だからこそだ」といった声が聞かれた。

 

 

 

怪我が治ったら再び中谷選手はリングに戻ってくるだろう。その時は大勢のファンが彼の雄姿を見たがるはずだ。そして今まで以上に応援することだろう。僕はそれまでにもっともっと中谷潤人という男のことを知りたいと思っている。

 

 

 

 

それでは。