昨日は昔の同僚2人が家に訪れた。毎年開催していたこの会が数年ぶりに復活したのだ。だから僕は僕なりに整頓をした。僕なりにというのは、言ってみれば物を移動させる技である。今自分が座っている周りにある物を取り敢えず寝室に移す。移して空いた場所を掃除する。こういうのを整頓とは言わないことは承知しているが、それだけで僕はいい事をした気分になっていた。
妻の方は、徹底している。今回はテーブルを使うので、その周りを綺麗にしたり、電球をチェックして埃を見つけたら掃除したりする。そのようにして、リビングの半分はこんな風になった。JUNさんが来た時以上の綺麗さだ。

僕はかぼちゃサラダを作り、鶏のむね肉をレンジに入れ、そのタレを作り、その後「寿司食いねえ」に行って予約した寿司を取りに行った。準備万端である。17時半に宴は始まった。

その宴が終わったのは、23時過ぎ。6時間弱ずっと喋り続けていたことになる。いつもだったら僕は途中で離脱して眠っちゃってたんだけど、今回は最後まで頑張ることができた。眠剤を飲む時間を思い切って遅くしたのが功を奏したのかもしれない。
僕は僕なりに頑張った。A先生にもB先生にも話題を振って話が転がるようにした。A先生が一番ウケてくれたのは「老人は、ジムと図書館とあとイオンにたくさんいる」という言葉だ。僕を指差して「分かる~」と笑ってくれた。
A先生は、妻と同じく拠点校指導員(初任の先生をサポートするポスト)になった。月曜と木曜は休みだ。だからジムにも行ってるし、図書館にも行っている。「平日やし、そんなに混んでないだろう」と思っていたら、老人がたくさんいて驚いたらしい。そこら辺の事情は先輩である僕の方が知っている。
僕が一番聞きたかったことは、現在の教育事情だ。僕が学習支援員をやろうとしたが、あまりの自分の醜さにショックを受けて履歴書を送るのをやめたことを話し、「俺でも学習支援員やれるかな?」と訊いたら「何言っとれん、やれるに決まっとるやん」みたいな感じで返されたので、少しホッとした。
僕が忌み嫌っていた「自由進度学習」については、そんなに市としては力を入れていないようだった。小学校間でもお互いどのような形で行っているか、交流もしていないという。そうか、それならいいかもと思い、3月まで校長をしていたA先生に自由進度学習についてどう思うか聞いてみた。
「まあ、他県から(「自由進度学習」なるものがどんなものかを知るために)視察にはよく来とったわ。でも見た先生の頭の上には大きな『?』が浮かんどったと思う。これで子どもに力つくんかな?って思っとったはずやわ」
「でも力のある先生が、計画を立ててこういう時はどういう支援をするかの手立ても考えて、ひとつずつ課題を解決させてここっていう場面で「自由進度学習」にすると、確かに力はつく子はいると思う」
なるほどと思った僕だが、更に聞きたいことも生まれた。「そういう学習の仕方でいい感じで伸びる子って、学習能力が高い子に限らないか?」と「先生の見取り(一人一人の子に対して今どう状態かを瞬時に見極め、どういう支援をするかを考える)が大変じゃないか?なんなら不可能じゃないか」ということだ。
前者の質問に対しては「確かにそうだと思う」と答え、後者の質問に対しても「そうだと思う」と答えた。そして「力のない(まだ未熟な面がある先生)がやると何となく、友だち同士で集まって話し合っている風情を出して、何となく分かったような風情になり、先生もそれでよしとしているように思う」と言った。こういう話を聞くことができたのは僕にとっては大きな収穫だった。
もう一つ心に残ったことがある。A先生は、温泉場の小学校(大規模校)に赴任しているが、そこでは(僕からしたら)極度に管理的な学校運営をしているそうだ。例えば、給食の時には最初に給食当番(5,6人)が手洗い場に行き、手を洗う。その後廊下に整列して、チェックを受けた後、手にアルコール消毒をしてもらう。その間、他の児童は座ったままだ。そして「1号車の人(縦1列の人たち)、取りに来てください」と言って配膳する。食べている間は、黙食だ。
今どき黙食かよ、と思いながら話を聞いていると、授業中に座席を離れたい時(例えばトイレに行きたい時)は、挙手をして先生に理由を言ってから離席しなければいけないそうだ。一事が万事こういう風に決められていて、級外の先生はあらゆる時間に廊下をパトロールして、変なことがあろうものなら、バシバシ注意するらしい。まるで刑務所だな。
このような(僕に言わせれば)「過度なルールがある学校」になったのは、10年ほど前かららしい。それが今も続いていることにまず驚いたが、そのルールを最初に作ったのが、僕を休職に追い込んだ先生だったということにもまた驚いた。
大規模校(800人くらいかな)で、ここまでルールを徹底させることは並大抵のことではできない。しかし彼女はやったのだ。勿論賛同者がいなければ実現しなかっただろうが、うーん・・・。改めて彼女の恐ろしさを知ったというのが正直な気持ちである。そして、そのルールを校長が変わっても守り続けていることにも恐ろしさを感じずにはいられなかった。
こういうルールの中で育った児童は、中学でも扱いやすいらしい。まあ、長年荒れた学校として有名だったから、こうやって縛り付けたい気持ちは分からんではないが、2人が帰った後も考え込んでしまった。
妻に「社会に出たら必要な力として(←あらゆるルール)児童につけさせたい、という気持ちと暴れまわる児童を抑えつけたい教師集団の気持ちとどっちが大きいかって言ったら、抑えつけたい気持ちの方が大きいんじゃないんかなー」と言ったら「私もそう思う」と同意見だった。そして、これはA先生から聞いたが「だからかは分からないが、不登校の児童が増えている」とのことだ。そりゃそうだろ、そんなに抑えつけられて全員が適応できるわけないよな。「まあ、クラスが荒れるか、不登校が増えるかどっちかやね」という言葉にも頷かざるを得なかった。
そういう学校を支えているのは、所謂おばちゃん先生だ。現在63歳以上で再任用教諭をしている人や、講師をしている「かつてバリバリ、ガンガン児童を指導してきたパワフルなおばちゃん先生」(少なくとも3人)がいてこそ「あんた、これ違うんじゃない?」って強く言える。それを若い先生が見て学ぶ、という図式で成り立っているらしい。B先生(教委にいる)も「今、そういう(おばちゃん先生に来てもらいたい)ニーズが高まっていると思う」と言っていた。まあなんにせよ、僕はそういう学校で働きたくはないな。
最後に僕が言って全員に納得してもらえたのは、「拠点校指導員の最大の役目は『初任の先生を辞めさせない』ってことなんやね?」ということである。これには3人とも大きく頷いていた。どこの職場もおんなじだろうけど、いかに若い人を辞めさせないか、で色々苦労しているそうだ(ダメ出ししないとか、まず褒めるとか)。僕らの世代では考えられないほど今の若者は転職を軽く思っているそうだ。悪口ではなくて、ある意味凄いなと思った。
あとは、そうだなー。男子の育休率も飛躍的に上がっているそうだ。つまり、出産した瞬間から育休に入るって最初から宣言しているらしい。だからホントは6年の担任をしてもらうべき人材だけど、なかなかそうは簡単にいかないらしいってことだ。これも他の会社でも似たようなことが起きていることなのだろうか?起きているだろうなー。
そんなわけで、僕にとっては大変意義深い宴だった。0時過ぎに井上尚弥選手の勝利を確認した僕は、布団に横たわった瞬間眠りに落ちていた。
それでは。