この曲を聴くとご飯をおかわりしたくなる

今日は、ご飯をおかわりくらいかな。紹介する曲には自信を持っているけど、少しマイナーな感じがするので遠慮してみた。

 

 

曲は、椎名林檎と草野マサムネのデュエット曲「灰色の瞳」である。この曲は、椎名林檎が2002年に発表したアルバム「唄ひ手冥利~其ノ壱~」に収録されている。

 

 

“(このアルバムは)歌謡曲や童謡からロックやポップス、ジャズ、ソウル、ボサノヴァ、フレンチポップ、クラシックまで、椎名林檎のルーツとなる古今東西の楽曲を取り上げた初のカバーアルバム”

 

 

 

“「灰色の瞳」は、ティト・べリスが作詞し、アルゼンチンのケーナ奏者・ウニャ・ラモスが作曲した”

 

 

“フォルクローレを基に作られ、哀愁を帯びたメロディーが特徴である”

 

 

“日本においては、1974年に加藤登紀子が日本語版を作詞し、長谷川きよしとのデュエットシングルをリリースした。その後、森山良子がシングルで、朝倉理恵がアルバムで、椎名林檎と草野マサムネがデュエットで、長谷川きよしと椎名林檎がデュエットでカバーしている”

 

 

“日本のフォルクローレ愛好者には広く知られ、演奏されている楽曲である”

 

 

 

 

 

ちょっと聴いてみてくれる?

 


www.youtube.com

 

僕には時々椎名林檎ブームが来る。その時にこのアルバムに手を出したら1曲目に「灰色の瞳」が鳴ってビックリしちゃったんだよね。もう心にドンズバって感じ。この曲の何にこんな反応をしたのかと言うと、まずは曲調だ。こういう物悲しいのは僕の大好物である。

 

 

コードを調べてみた。

 

 

【イントロ】Em E Am B7 Em E Am B7 Em

【ヴァース1】Em Am D7 G B7 Em E Am B7 Em

 

 

もうこれを見ただけで「ああ、俺ってこういうコード進行好きだよなあ」と思った。さっきは物悲しいって書いたけど、それプラス何だか居ても立っても居られないというか、どっかに行っちゃいそうな気持ちになるんだよね。

 

 

歌詞の最初だけ書いてみよう。

 

 

“枯野に咲いた小さな花のように”

“なんて淋しいこの夕暮れ とどかない想いを抱いて”

“なんて淋しいこの夕暮れ とどかない想いを抱いて”

 

 

 

「ファッ」と椎名が息を吸い、「枯野に咲いた~小さな花のように」と歌い出す。ギターがパワーコードをジャジャジャジャって刻む。その後「なんて淋しい・・・」のところで草野が入ってくる。ここまででググッときちゃうのである。椎名林檎はよくぞこの曲の相方に草野マサムネを選んでくれたものだ。ベストの相手である。

 

 

続けて今度は草野から歌い出す。「私の大事なこの笛の歌う唄を あなたは聞いているのだろうか どこかの小さな木の下で」

 

 

 

この曲調と歌詞に「何て切ないんだろう」と思わずにはいられない。でもこういうのは日本人は好きだよね?きっと。しかしウィキには「原曲が1970年代の歌謡洋楽の定番のようなサウンドだったため、ノスタルジックな要素を抽出しないようエッジの立ったアレンジになっている」と書かれていた。いやー、十分ノスタルジックなんだけどなー。

 

 

 

というわけで、今日は「灰色の瞳」を選びました。気に入っていただけたら嬉しいです。次はYouTubeネタでいってみっか。

 

 

 

YouTubeでたまに見ている「バンドマンの知らないセカイ」で面白いことを言っていた。テーマは「男はなぜ年下の音楽が聴けないのか」でる。どう?心当たりない?

 

 

 

「男は年下の音楽を聴くことが絶対にできない」

「例外は一件もない」

「何ならそれに影響を受けて心を動かされるということは不可能」

 

というのが、平井拓郎という人の意見だ。以下は平井さんの言葉である。

 

 

 

「自伝的記憶っていうのが人間の脳にはあるらしいんだけど、14歳から19歳までぐらいまでに出会った音楽ってずっと人生に残り続ける」

 

「14歳とかって脳が未熟らしい。不安定な状態なのね。この段階で音楽っていう刺激をガンガン入れられると、ジャンジャン感動するらしい」

 

「年齢が重なると、脳が固定され始めるから音楽っていう外的刺激によって人格形成がなされにくくなる」

 

 

 

 

「個人的な説なんだけど、おそらく(これから言うことも)絶対当たってる。年下の音楽が聴けないのではなくて、生まれた生年月日の数字が新しい世代の音楽を入れることはできないのだ」

 

「つまり、35歳になっても先に生まれているジミ・ヘンドリックスとかカート・コバーンとかジャニス・ジョプリンは聴ける」

 

「彼らの方が幼い(つまり25歳とかに作った作品だから)んだけど、昔の音楽だったら(年下でも)聴ける」

 

 

 

これには、「確かに!」と頷くほかなかった。その後も面白い話が続いたんだけどもこれくらいにしておこう。こーなったらもうしょうがない。今までは少し無理をして若い人の音楽を聴いていたのかもしれない。けれどももう無理して若いもんの音楽を聴かなくてもといいのだ、と開き直ってしまおう。

 

 

 

俺、最近ミッシェルガンエレファントのレコードが欲しいなって思ってサブスクで見繕ってたんだけど、「かっこいい。それは確かだけどちょっとうるさいかな?」と思ってたんだよね。ミッシェルガンエレファントでさえ難しいのは、もしかして年下要素もあるのかもしれないな。でも4つほど下なだけなんだけどな。彼らを聴くなら、ルースターズだよなあと思ってしまうんだよね。

 

 

 

 

というわけで、今日も沈没寸前の僕であるが、朝は2日ぶりに妻とウォーキングに行ってきた。ウォーキングをしている最中に「あ、今日はジョン・レノンの映画が上映されるんだった」と思い、算段したら勢いをつければ行けなくもない。9時半に帰宅して、すぐにチケットを取って出発すれば、10時45分に間に合う。

 

 

 

しかし、帰宅後「外に出るね」と言う妻の言葉を聞いて、何だか行く気持ちがなくなった。最近はこんな感じで行動力が低下している。明日は妻が勤務日で僕は自由行動ができる。そして土曜から来週の木曜までの6日間は、勿論GWである。大丈夫だろうか?暦の上では、正月に続き、試練パート2になる。しかし、この試練を乗り越えないと、7月8月が大変になる。学校が夏休みの期間、妻は出勤しないからだ。

 

 

 

何度でも書くが、僕は別に妻を邪険に思っているわけではない。一人の時間が欲しいだけなのである。

 

 

 

ジョンの映画が上映されるのは、5月7日だ。その日は9時45分から上映される。チャンスはこの1回だけである。

 

 

 

 

4月も最後の日なのに、まだ寒い。僕は炬燵から出られないでいる。

 

 

 

 

それでは。