昨夜の「未来へのプレイリスト」はゲストが矢野顕子だった(2025年6月に放送された回)。「未来へのプレイリスト」は、ピーター・バラカンが司会を務める番組である。
ピーター曰く「最近テレビやラジオで圧倒的に新しい音楽が紹介されます。でも黄金時代の数々の名曲があります。それも世界各国にあるわけで、そういうものが紹介されないと、忘れられてしまう危険性も常々感じています」
だから、これだけは未来に伝えたいというポップスの名曲をテーマを決めて厳選して番組独自のプレイリストとしてお届けするというのがこの番組の趣旨である。ピーターの言うことは理解できる。僕なんかより数千倍も音楽を聴いている彼だからこそ、この曲は後世に残すべきだと思っている曲がたくさんあるはずである。
今日のテーマは「ラブソング」で、ピーターはちょっと変わったラブソングを紹介したいと言った。
1曲目は、アリーサ・フランクリンの「I Say a Little Prayer」(1968)である。ピーターは「アレサ・フランクリン」のことを「アリーサ・フランクリン」と表記する。他にも彼独特の表記をすることがある(例えば・・・忘れた)。
ピーター「この曲は、直接的な愛の表現ではなくて、日常の細かい描写を淡々と語っている、そういうところが面白いと思います」
♪
朝目覚めた瞬間から 化粧もまだしていないうちから
あなたのためにささやかに祈っている
髪をとかしながら 何を着ようか考えている時も
あなたのためにささやかに祈っている
いつまでもあなたは私の心の中にいる
もう二度と離れることは絶対にない
二人がずっと一緒でなければ 私はたえられない
バスの飛び乗り 乗ってる間中
あなたのためにささやかに祈っている
会社では少しぼうっとしていて コーヒータイムにもやっぱり
あなたのためにささやかに祈っている
いつまでもあなたは私の心の中にいる
もう二度と離れることは絶対にない
二人がずっと一緒でなければ 私はたえられない
ピーター「『Prayer』は祈りです。どういう設定かというと当時全く分からなかったけれど、これは背景にベトナム戦争があるわけです。恋人なのか夫なのか戦場に行っている人が今日生き延びるかどうか、そういう不安がずっと消えずに女性が独り言のように歌っているその感じがすごくいい」
ピーター「この曲を作ったのは、バート・バカラック(作曲)とハル・デイヴィッド(作詞)の2人なんですが、バート・バカラックのことはソングライターとしてどう思っていました?」ここで矢野顕子登場である。ピーター独自の視点も聞いていてとてもためになるが、やはり音楽家というのは言うことも違うのだなって今回思った。
矢野「もう、20世紀の偉大な作曲家の一人ですね」
ピーター「あの2人が作ったヒット曲は無数にあって、子ども頃から彼らが作った作品だと知らないで聴いていたんですが、後から知ると彼らが作った曲は変わったメロディが多いなとかコード進行が普通とはちょっと違うなとか、案外難しいんじゃないかって気がするんだけど、ソングライターとして直接2人に影響を受けたことってあります?」
矢野「多分有形無形でありますね。作詞作曲をする場合、言葉が音楽(音とかメロディ)の犠牲になるのは嫌なわけ。一番印象的なのは、♪What is・・・Alfie っていうそれだけで私たちはそこにポンって入れる。どっかでバカラックが言葉がちゃんと伝わるような音列にしている。ホントに会話のような音楽なんですよね」
矢野「だから実際譜面にすると、変拍子がここで入ったり、『おっおっ』ってなるんですけど、一緒に歌うと全然普通にいけるんです。それは自分の曲作りに影響しているんじゃないかなと今は思いますね」
ピーターのバカラックに対する分析は、DJ或いは音楽評論家として非常に真っ当なものでなるほどと思った。それに彼自身が曲の翻訳をしている。これは他の誰にもできない彼最大の強みであろう。しかし矢野顕子の言葉は、音楽家にしか出てこないものだと思った。もう一度書こう。
「言葉が音楽の犠牲になるのは嫌」「言葉がちゃんと伝わるように音列にしている」「会話のような音楽」
僕は作り手ではないから技術的なことは全然分からないけれど、こういう言葉をもっともっと聞きたいと思った。
2曲目はヴァン・モリソンの「Have I Told You Lately」(1989)だった。
矢野は次のように言っていた。
「この曲に関しては、アレンジとか演奏にいつも心がいく。一緒にプレイしている気持ちになるんです。特にストリングスのアレンジは誰がやってるんだろう?って思うんですけど、全くもって歌に対する・・・こう・・・だから一緒に歌ってるんですよ。ピアノもそうですし。その点にいつも心奪われます」
「プレイしている人たちみんながこの曲を愛してる。それが伝わってきます。最近そんなものなんてないんですよ。この音楽この曲を演奏する喜び、そういうものに満ち溢れている。音楽を目指す人に特に聴いてもらいたいですね」
3曲目はジュリー・ロンドンの「Cry Me A River」(1955)だった。僕はこのジュリー・ロンドンに惚れちゃった。
♪
あなた淋しいって? 一晩中泣いたんだってね
まあ私のために 川が溢れるほどの涙を流してちょうだいよ
私だってあなたのことでそれくらい泣いたんだから
冷たかったあなたに悩まされて 気がおかしくなりそうだったのに
あなたはまるで動じなかった
その時あなたが言ったこと覚えている?私は覚えているわ
「愛なんて聞き飽きたたわごと」
私とはもうおしまいとも言ったわね
この曲はジュリー・ロンドンのデビューアルバムに収録され、ジャズ界としては異例のヒットを飛ばした。その後ジョー・コッカーやリンダ・ロンシュタット、バーブラ・ストサンドなど様々なアーテストに歌い継がれてきた。今もスタンダードとして人々に親しまれている。
ピーター「まずタイトルが面白いんですけど、こんな言い方はないですね」
「『Told me love was too plebeian』(「愛なんて聞き飽きたたわごと」とピーターは翻訳している)の『plebeian』なんて絶対歌詞に出てきません。これは、古代ローマの庶民っていう言葉です。『愛なんて庶民的すぎる』、要するにカッコ悪いっていう意味なんですね。だから彼が彼女にそういうことを言うわけです」
ここら辺は、ピーターの真骨頂が発揮されている。
ピーターは、このような古い音楽文化を伝えていきたいという気持ちを語るとともに、今の若い人たちの中にも古い音楽を伝承している人がいることにも言及していた。矢野顕子は、「パンチ・ブラザーズ」が好きだと言っていたし、ピーターはアイルランドの18歳の少女マーリン・ブラッドリーに注目していると言っていた。彼女は伝統的なブルースを中心に弾き語っている。紹介するのはディランの「くよくよするなよ」である。驚異のスリーフィンガーを完コピしている。
矢野「若い人が昔のものを真剣に掘り起こす人たちがニューヨークにもいるので、それがすごく嬉しいですね」
最後は、ドービー・グレイの「Drift Away」(1973)を紹介してこの回は終わった。
♪
真っ黒な雨雲の向こうにあるはずの光を一生懸命探し続ける
これだけは負けたくない勝負だけど このところしんどくなってきた 情けないね
俺の魂を解放してくれるビートを聞かせて欲しい
ロックンロールにどっぷり浸りながら
遠く彼方へ流れて行ってしまいたい
どの人も初めて聴く人だったけれど、こういう番組(特にピーター・バラカン絡み)がもっとあるといいんじゃないかなー。
それでは。