15年ぶりにホールコンサートに行った

昨日、妻と一緒に宮沢和史のコンサートに行ってきた。僕がホールコンサートに行ったのは、2011年4月の吉井和哉以来のことだ。その間、遠藤ミチロウのライブを見ることはあっても、ホールには近づかなかった。

 

 

原因は、移動の邪魔くささと人の多さである。僕の住む町にお目当てのアーティストが来るはずもないから、当然車で金沢なり富山等に行かなければいけない。まあ行くのはいいとして、問題は帰りである。コンサートが終わって帰るのに(僕にとっては)果てしない時間かかかることになる。

 

 

それに、ホールだと観客数は飛躍的に多くなる。今まで30人ほどのライブを見続けたものとしては、数百人、数千人となるともう頭がクラクラするしかない。そんでもってシートが通路側じゃなかったら、数時間同じ姿勢でいなきゃいけない。これじゃあ楽しめるわけがない。

 

 

あとは、夜の活動は控えていたというのもあるかな。19時に睡眠薬を飲む身としては、23時頃に帰宅するスケジュールは明日の活動にも大きく影響するだろうなと思って二の足を踏んでいた。

 

 

というわけで、僕は長い間ホールコンサートに行くのを諦めていた。しかし、昨年のある日妻に「○○(我が町)に宮沢和史が来るんだって!」「行く?」と言われた。その時僕は行くか行かないか言葉を濁していたが、数日後「生の宮沢を見られるのはこれが最後のチャンスかもしれないなー」と言った。こういう時の妻の反応は早い。「じゃあチケット買っとくね」と言われた。

 

 

 

そして、コンサート前日になった。僕は詳しいスケジュールは知らなかったので、15時30分開場、16時開演と知って、「何だ、そんなスケジュールなら行けるじゃないか」と思った。家から15分で行けるんで、15時にホールに向かった。

 

 

内容について書く前に、自分の行動を振り返ってみよう。シートは残念ながら通路から4席分内側だった。隣に座っていたのは男性で、僕と同世代か少し上の人だったと思う。右側は、かなり年配の女性2人組だった。小柄な方だったので太っちょの僕でも何とか座ることができ、2時間弱座って見ることができた。

 

 

しかし、途中から集中力が途切れてしまった。帰りのことを考え始めたからである。妻とは、立体駐車場から脱出するのは時間がかかるから、その間に駅前の店で夕食をとろうということになり、待ち合わせの場所を決めていた。しかし、それでも何だか嫌になってきた。5時間以上外にいるのは耐えられないと思った僕はアンコールを見るのを諦め、一旦終了となった瞬間に席を立った。そして車を出し、駅のロータリーの駐車場で妻を待つことにした。結果としてこれが一番ストレスがなくてよかった。

 

 

 

首尾よく妻を駅前で拾い、スーパーのお惣菜で晩御飯を済ませることにした。

 

 

 

肝心の内容はと言うと、素晴らしかった。宮沢のギター&ハーモニカとピアノが数曲入るという構成だった。あとで妻と話していて分かったが、二人ともまずは同じ視点で見ていた。

 

 

「なんていうか、授業を思い出したね」と言う妻に僕も同感で、「俺もそう思った」と返した。「場を支配する力が凄かった」とか「あの(喋りの)間がよかったね」など、パフォーマーとしての素晴らしさをまず話し合った。

 

 

その後は、「ちゃんと『星のラブレター』『なし』(初期の代表曲)をやってくれたね。あれで場が暖まったね」「ユーミンの『卒業写真』のカヴァー、よかったよね」「ボサノヴァ調のしたアレンジとギターも最高だった」「U2のカヴァーまでしてたね」とか言ってたんだけど、ひとしきり喋った後に妻が「アンコールの『風になりたい』が最高だった」と言うではないか。僕が諦めた後の時間のことである。「あちゃー」と思った僕は、「それは言わないでくれ」と頼んだ。

 

 

僕は、「島唄」を聴くことができたのでそれで満足だったのだ。すっかり「風になりたい」のことは失念していた。前座に地元の高校のブラスバンドが演奏したが、彼らも加わって最高だったということである。まーしゃーないか。

 

 

そろそろ最後にするか。このホールのPAは決していいものではなかった。元々が歌舞伎用に作られたホールだからだ。しかしながら、11年ぶりにホールコンサートを見て、「こういう形のライブっていくらAIが発達しようとも残るな」と思った。生の人間がステージに立って、マイクを通して歌を歌う。こういう行為は大げさに言うと未来永劫無くならない、寧ろこれからもっと必要とされるのではないだろうかと思った。卓越したパフォーマーを目の前にすると、なんも言えなくなるもん。つまり多くの人がそういったものを求め続けるだろうなということである。

 

 

 

さて、もうすぐ20時になろうとしている。この記事は、午前10時から書き始めたのだが、書いては休み書いては休みを繰り返してやっとここまでこぎつけることができた。いつもならもっと集中して、遅くとも2時間以内には、粗方書けているんだけどな。

 

 

ある人にこの心身の調子の悪さを言うと、「それはきっと気圧の変化のせいだ」と言われた。僕は、気圧の変化が原因で何かを感じたことがないから結構意外だった。しかしここまで調子が悪いと、人間何かに原因を求めたくなる。よって僕も気圧の変化のせいだから自分では如何ともし難いと諦めることにした。多分今日の文章にキレは全くないはずだ。

 

 

もう一つアドバイスをもらった。「うがいをすること」だ。喉は、体調を左右する最も大事な器官だそうだ。喉から鼻が悪くなったり、目にきたり、肺にきたりするらしい。よって昨日クスリのアオキに行って、うがい薬を買ってきた。

 

 

 

まあ、そんなことを書いている今日は、3月も21日である。ついこの間「3月になっちゃった」という記事を書いたような気がするんだけれど。この時期はとにかく時が早く過ぎるものですな。

 

 

 

 

それでは。