小指は・・・ちょっと無理か

短編小説の醍醐味は、読後の清涼感にある。なんて書いちゃうと珍しくhanamiが断言してるじゃんと思われる方もいるだろう。僕だってたまには断言してみたい。

 

 

このように思ったのは、伊予原新の「月まで三キロ」を読んでいるからだ。この本は6つのお話が収録されている短編集で、今のところ4編読み終えたが、どのお話も読み終えて「あ~いい感じで終わったなあ」と思った。

 

 

この短編集は、塾に行けなくなって円形脱毛症になった中3の男子とか、40過ぎて未婚なのをコンプレックスに思っている女子とかが登場する。そこに月のクレーターがどうしたとかアンモナイトの化石がどうしたとか雪の結晶がどうしたという科学の話が物語に絡んでくる。そして最後は必ずハッピーエンドを匂わせる終わり方になっている。

 

 

この「匂わす」というのが、もしかしたら読後の清涼感に繋がっているのかもしれない。

 

 

短編だから、陸上でいえば100m~200走になろうかと思う。その限られた字数で手際よく人物の状況を描き、それを科学の話と絡めるというのは、精緻な設計図がないとできない技だろう。世の中に短編の名手と言われる作家はたくさんいると思うが、きっと短編というのは綿密な設計図に基づいて書くものだろうと思った。

 

 

もう一度書いておこう。この短編集は、綺麗にハッピーエンドさせることを目的としていない。しかしその先には何か前向きなものがあるぞ、という終わり方をしている。きっと伊予原新は、人間の可能性というものを信じているのだろう。

 

 

もう少し、彼の小説の作法みたいなことを知りたくなったので、巻末の逢坂剛との対談を先に読んでみた。

 

 

逢坂曰く、「非常に(文章が)読みやすい」「読みやすいだけでなく、ちゃんとミステリーでもある」「理工系の人ならではの考え方とか観察が、小説の構成に非常に深く関わっている」「今までほとんど書かれたことがなかったタイプの小説じゃないか」「気の利いた警句がうまいタイミングで出てくる」。こんな感じかな。気の利いた警句というのはこれである。

 

 

わかるための鍵は、常に、わからないことの中にある。その鍵を見つけるためには、まず、何がわからないかを知らなければならない。つまり、わかるわからないをきちんとわけるんだ」

 

 

僕も読んでいて思わず膝を打ったセリフであった。つい授業で使いたい言葉だと思った。まあもう授業はしないんだけど。

 

 

「理工系ならではの・・・」云々という言葉は、納得である。なにも科学の話をしているからではない。読みやすさとかもそうだし、物語の組み立て方にもそれは表れていると思った。前にwakabyさんのことを理系の人(の文章)ですよねーと書いたことがあるが、理系の人には理系の人の人となりや考え方が文章に表れていると思う。勿論いい意味で、である。

 

 

残った二つの短編のタイトルは「エイリアンの食堂」「山を刻む」である。どちらも人気があるということなので、読むのが楽しみだ。

 

 

 

 

 

いつものように、タイトルの前に別の話題をぶっこんで、それが長くなってしまった。「小指が・・・」の話にいこう。

 

 

 

年末に決心したように、ギタ練は毎日やっている。全然上手くなってないけど、指はジンジンしているので本人はやった感満載である。今のところ「オール・ライト・ナウ」だけに取り組んでいるが、ソロの部分以外も弾いてみたいと思い、チャレンジしている。

 

 

しか~し、下のタブ譜を見ていただければわかると思うけど、最初っから小指を使うんだよね。そこから躓いてしまった。そんで苦労して弾いても次のコードにいけない。おいおい、こんなに難しかったのか、「オール・ライト・ナウ」よ。

 

弱ったなあと思った僕は、しゃーない、一旦小指なしで弾いてみるかと思い、やってみると、まあそれなりに聴こえる。だからまずはそんな感じで一通り最初っから最後まで弾けるようになる練習をしていくことに決めた。

 

 

 

タイトルにしたくせにこれだけかよ、と思われるかもしれないが、まあこんな調子で練習してます。

 

 

 

 

それでは。