タイトルの言葉は、「宙わたる教室」という作品の主人公藤竹が生徒に言った言葉である。
「宙わたる教室」については、NHKのドラマで観て面白かったということは書いた。だから本も購入してみたのだが、これがまた期待以上に面白い。映像で観て関心を持ち、原作に触れると更に面白いというのは、なかなかないことである。多分。
もう少し「宙わたる教室」についての内容を書かなきゃね。
この作品の著者は伊予原新で、2023年に刊行された。第70回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書にも選ばれている。
Amazonからちょっくら引用させてもらおう。
“東京・新宿にある都立高校の定時制。そこにはさまざまな事情を抱えた生徒たちが通っていた。”
“負のスパイラルから抜け出せない21歳の岳人。子ども時代に学校に通えなかったアンジェラ。起立性調節障害で不登校になり、定時制に進学した佳純。中学を出てすぐ東京で集団就職した70代の長嶺。”
“「もう一度学校に通いたい」という思いのもとに集まった生徒たちは、理科教師の藤竹を顧問として科学部を結成し、学会で発表することを目標に、「火星のクレーター」を再現する実験を始めるー”
概ねこんな感じで物語が進む。ドラマでも本でも1話ごとに彼らの背景が丁寧に描かれている。苦しみを抱えながら生きている生徒に上手い具合に接するのが、藤竹という教師である。ドラマでは窪田正孝が演じている。
藤竹は、飄々としつつも全てお見通しみたいな風情で生徒に接するが、さりげなくズバッと大事なことを言う。まず物語冒頭で言うのが、「自動的には分からない」である。テストに苦しみ「サッパリ分かんねー」という風情を醸し出す生徒に「自動的には分からない」と言う。
「どういう意味?」と返す生徒に「授業をただ聞いていれば分かるとか、教科書をただ読んでいれば分かるとかいうものではないってことです。数学や物理は特に」と言う。
「じゃあ、どうすりゃいいんです?」とまた生徒が言うと「手を動かすんです。何度も何度も書く。やみくもにでも式をいじくり回す。いろんな図をしつこく描いてみる。そうしているうちに、わかった、という瞬間が来ます。必ず」と淡々と答える。
その言葉を聞いてしらけた顔をしている生徒。それを気にする様子もなく、藤竹は真顔で続ける。「私は、天才ではありません。たぶん、あなたたちも。だから結局、方法はそれしかないんです。もし本当に分かりたいなら」と。こんなこと、なかなか言えんよな。残念ながら教師時代の僕は言えなかった。
藤竹は、かつて有名大学の准教授を勤めつつ研究を続けていた。将来を嘱望された身だったが、指導教授と意見が食い違い、その大学を辞めてしまう。その後単身アメリカに渡り研究を続けていたが、帰国してからは昼は大学で研究を続け、夜は定時制の教師として働いている。
本当は熱い男なのだ。じゃないと指導教授と揉めたりはしない。定時制高校でも科学部の学会発表は前例がないから認められないとの通達があると、声を荒げて抗議する。そんな藤竹を見て、不良の岳人は彼を信頼するようになる。
藤竹は、最初に書いた問題を抱える4人を物理教室に誘い、科学部を作る。きっかけとして「空は何故青いのか」という実験をしたりはするが、「さあ、これをやりましょう」とか言うわけではなく、ただ生徒があれこれ言いながら目標に向かっていくのを見守ることが多い。時々もうこれしかないっていうタイミングでアドバイスをする。そこがまた絶妙でいいんだよね。「寄り添う」なんて言葉は使いたくないほどの絶妙の距離感である。
そんで、まあドラマを観て話の内容が分かっているにも関わらず、楽しく本を読んでいる、のは最初に書いたか。だから今日言いたいのは、映像で観て、原作を読んで楽しめるってスゲーなってことなんだけど、これも最初に書いてある?
ドラマでは端折ってあるところが本では丁寧に描かれており(当然か)、「ああー、そういうことね」と思いつつ読み進めていく。もう作品に対する信頼は築かれているから、途中で少し映像と違う場面に出くわしても全然気にならない。これはそういう作品だ。「平場の月」の感想で書いたが、原作と脚本が違うと、「そうじゃない」と思ったりするもんだけどね。
「自動的には分からない」という言葉は、14ページに出てくる。だからもうその時点で心を掴まれていることになる。あとは、じっくりとお話を楽しむだけだ。いやー、まだ完読してないんだけど楽しいなー。読み終わるのがもったいないよ。
「宙わたる教室」の前は、「バイバイ・フォギーデイ」(熊谷達也)だった。これも幸せだった。続く本作品も幸せ作品だ。いやはや、いい作品に出会えてラッキーだな。
これで終わるのは少し中途半端だな。うーん・・・「自動的には分からない」という言葉は、何も勉強に限った話ではない。だからこそ、僕は(読者は)心を打たれるのだろう。自分がしている仕事でもそうだし、僕だったらギターなんかはまさに「手を動かさなきゃ」始まらない。誰かの感情を推し量ることについても同様である。最近の中ではかなりの名言だと思った。
あと、藤竹が主人公だと書いたが、もし物語の中で心が動いた(変化した)人物が主人公だとすると、科学部の4人も主人公だ。その4人の周りにいた人もそうだ。ということは、やはり面白い物語だったんだ、という結論になる。
今朝は、初めて「うわー、さぶい(←「寒い」の方言)」と思った。いよいよ冬到来かぁ、と思ってヒーターを早速使ったが、日中は暖かな日差しだった。その勢いで、食材を買い、「しまむら」であったかめの服を買い、「23日だし、ケーキ買っちゃう?」と思いケーキ屋に行った。そしたらもう普通のショートケーキがなくって丸いクリスマスケーキだけしか売っていなかった。何も買わずに帰るのも恥ずかしかったので、4号のケーキを買っちゃったよ。スゲー高かった。
今日は、豚大根を食べた後に、妻とこのケーキを食べるのだ。
それでは。