今日は久しぶりの午前〇時シリーズにして、思いつくままに書いていこう。10時なので、もう人々は働き中であろう。僕は窓からの陽光を浴びながら、優雅に記事を書いていこう。それにしても今年はあったかいね。
まずは教育関係の話からいってみよう。
今年の夏に児童・生徒の学力が低下していることが話題になった。僕もそのことについていくつか記事を書いた。原因はひとつではなく、色々な要素が絡み合っているだろうということは、みんなが思っているだろう。しかし、最近よく目にするのは「探究学習」に対するネガティヴな記事である。
これについては今始まったというわけではない。最初っから「探究なんてやってっから基礎基本が身に付かねーんだよ」という記事はあった。しかし、何だか最近こっち方面に対する圧が高くなっているような気がする。
僕は今、探究学習自体を云々言っているのではない。何だかこうやって段々と合意形成(って言っていいのかな?)がされていくのかーとか、「これは記事になる」と思って書いているのかーとかそんなことを思っちゃったのだ。
そうこうするうちに、「探究学習」が結構な悪の存在として世の中に認められていくのはちょっと怖い。別に「探究学習」の肩を持っているわけではないんだけどね。
これは、教育関係だけの話じゃなくて、他の分野でも言えることなのかな?怖いって書いたけれど、気持ち悪いっていうのが正確かな。もしかしたらだけど、こういう徐々に周りから詰めていって空気を作り出すのって日本人は得意なのかもしれない。
次にいってみよう。僕が今読み始めているのは、「バイバイ・フォギーデイ」(熊谷達也著)という作品である。内容は、青春&音楽&政治モノである。青春なんだから恋愛もある。音楽なんだからバンドのことも書かれている。政治なんだから憲法改正の話もある。と書くと何やらごちゃごちゃとした話と思われるかもしれないが、そこら辺は熊谷達也は上手い。

どれもが絡みつくように、絶妙に話を進めている。なんて知ったようなことを書いているけれど、そうなのだ。僕は、もう3回はこの本を読んでいるから知っているのだ。
熊谷達也のことを初めて書いたのは、随分前のことである。「邂逅の森」という本を読んで痛く感銘を受けたので、書いたのが最初だった。それから市立図書館に行くたびに彼の作品を必ず借りるようになった。
最終的に残ったのが、「オヤジエイジ・ロックンロール」とこの「バイバイ・フォギーデイ」である。どちらも音楽(片やディープ・パープル或いはレッド・ツェッペリン、片やパンクバンド)が題材で、きっとバンドをやっている(やっていた)人ならば楽しむことができるんじゃないかと思う。
加えて「バイバイ・フォギーデイ」は青春モノなので、おじいちゃんの僕としては、胸が甘酸っぱくなるというか、「ああ~、似たようなことあったな~」なんて思う作品になっている。
内容も僕の興味を引くものであるが、こんなに何回も読んでいるということは、きっと熊谷達也の文章がいいからだろう。「文章がいい」っていう表現は適当かどうか分からない。文体に魅力を感じているとも言えるかもしれないし。とにかく読んでいて気持ちがいい。それに読みやすい。これってかなりの技量が必要なんじゃないかなぁ。相当意識して書いているっていうか。そこら辺は、彼のインタビューでもあれば是非読んでみたいものである。
こういう時は、幸せな汁が脳からたくさん出てくるので嬉しいよね。でも、何でだか分からないが、気がつくのが遅いんだよね。
というわけで、思い立ったらすぐに読めるように購入することにした。
「オヤジエイジ・ロックンロール」もそうだけど、勝気で理知的な女子が登場する作品には弱い僕なので、そこら辺も味わいながら読み進めていきたいと思う。
最後は、延び延びになっていた「Rest In Peace スティーヴ・クロッパー」について書いておこう。12月3日に亡くなったアメリカのギタリストである。享年84歳である。
スティーヴ・クロッパーと言えばまずは「ブッカー・T&ザ・MG‘s」から書かねばなるまい。ブッカー・T&ザ・MG‘sは、1960年代を通してスタックス・レーベルで数多くのレコード制作に関わった。有名どころでいえば、オーティス・レディング、ウィルソン・ピケットなどである。ジョン・レノンとポール・マッカートニーはクロッパーとセッションをしようと試みたらしい。それくらい偉大な存在だったのだ。
曲も作った。有名どころでは、エディ・フロイドの「ノック・オン・ウッド」、ウィルソン・ピケットの「イン・ザ・ミッドナイト・アワー」である。オーティス・レディングの代表曲とも言っていい「ドック・オブ・ベイ」は彼との共作だった。
しかし僕にとってのスティーヴ・クロッパーは、映画「ブルース・ブラザーズ」(1978)から始まる。映画を観て「このバンド、カッコいいなー」と思っていたが、その後スティーヴ・クロッパーという人の存在を知ることになった。そして「うーん、渋いねー」などと知ったかぶりをしていた。
ピアノの横で弾いているのがスティーヴ・クロッパー(金髪の長髪姿)。多分テレキャスターを持っている。
そして決定的だったのは、忌野清志郎との共演だ。調べてみると、1991年に来日したブルース・ブラザーズ・バンドの司会を清志郎が務め、その後彼らとデモテープを作った。そしてツアーをしようとスタッフに提案されたが、ツアーをするならアルバムを作るべきだと清志郎が言い、ブッカー・T&ザ・MG‘sの本拠地であるメンフィスでアルバムが作られることになった(本人はホントに実現することになって戸惑っていたらしい)という流れだった。
このアルバムを引っ提げてツアーも行われた(ライヴ盤も発表されている)。清志郎は当然この流れを嬉しく思っていただろう。なんてったって昔から憧れ続けていた人たちとレコーディングしてツアーまでやっちゃったんだから。
随分恰幅がよくなっている。
でもスティーヴ・クロッパーをはじめとするブッカー・T&ザ・MG‘sの面々も嬉しかったと僕は思っている。アメリカじゃなくて極東の日本に、オーティスみたいに歌う人がいるなんてことは思いもしなかっただろう。
その後も清志郎との交流は続き、清志郎最後のスタジオアルバム「夢助」もメンフィスで作られた。2006年のことである。スティーヴはプロデューサーを務めた。この時のレコーディングの模様は、テレビでも放映されたし、「オーティスが教えてくれた」なんていうド直球な歌も収録されている。
この映像が一番分かりやすいかな?
スティーヴの話とはズレてしまったかもしれないが、僕にとってはブルース・ブラザーズ、忌野清志郎関連で好きになったギタリストだったから、やはり書き留めておきたいなと思った次第である。以上。
ただいま11時過ぎ。久しぶりに午前中にいいことをした気分である。ポンコツでもやろうと思えばやれるのである。さあて、今日明日の献立を考えてからスーパーとコーヒー屋に行って、それから六可レコードに行ってみるか。
それでは。