今朝の10時頃、大谷選手がナ・リーグのMVPに選出された。受賞の瞬間の映像はすぐにYouTube動画で流された。真美子夫人とともにデコピンカラーでコーディネートされたブラウンの服を着た大谷選手は、受賞を知らされた瞬間真美子夫人を抱き寄せ、間にいたデコピンにキスをする。
その後、インタビューに答えていたが見ている人は、大谷選手の方よりも真美子夫人とデコピンばかり見ていたのではないだろうか。娘さんは登場しなかったが、大谷ファミリーの様子をじっくり見ることができるいい機会である。海外では「おいおい、真美子夫人にキスすべきなんじゃない?」なんていうツッコミコメントもあった。でも大谷選手らしい行動だったな。
この数分だけで、世界の多くの人たちの顔をほころばせることができる男がいるのだ。それも日本人で。ワールドシリーズは終わったが、今週も世界中を喜ばせた大谷選手であった。
今日もとても暖かでいい天気だった。現に今僕はTシャツだけを着ている状態だ。ポカポカした暖かな日。そんな日はドライブだよなぁと思いつつ、近くのスーパーで買い物をするだけにしておいた。
今日は、2枚のレコードを聴いたよ。ドゥービー・ブラザーズとヒューマン・リーグだ。なかなか距離のある両者でしょ?片や70年代アメリカンロックの雄、片や80年代のシンセポップの雄。どちらもいい音を鳴らしている。
なんで僕がドゥービーなのか?これは自分でもよく分からない。中途覚醒して煙草を吸って寝る前にアップルミュージックで検索して誰かを聴くことが続いているんだけど、今日の未明はなぜかドゥービー・ブラザーズだったんだよね。うつらうつらしながら聴いていたがなかなかよかったので、レコードで聴いてみっかとなったわけである。
じゃあ何で僕の家にドゥービーのレコードがあるんだ?お前こういうの毛嫌いしてたんじゃない?と思われる方もいるかもしれない。でも何でだか知らないが、六可レコードで見つけた時にフラッと買ってしまったのだ。ヒューマン・リーグも同様である。こういうことは、人生どこにでもあることだ。
まあこんなことはどうでもいいことであるが、一応今日も無事僕の頭が回転しているようだと自己認識しておかないとボケてくるから書き留めておいた次第である。
おっと、もう少しどうでもいい話に付き合ってもらおうかな。勿論今日も僕は、藤原伊織作品を読んでいたわけだが、ひとつ気づいたことがある。今頃かよ、と自分で自分にツッコミを入れたくなるが、そうなのだ、やっと自分の傾向に気づいたのだ。
それは、僕は暴力的な描写を好むということである。藤原作品のほとんどは、主人公がかなり暴力的である。というか暴力をふるっている。どうしてそうなったかについては色々理由があるが、そんな主人公なので、暴力描写は必ずと言っていいほど現れる。そこに僕は痺れているのだ。
前から薄っすらとは感じていた。例えば花村萬月。彼は、思いっ切りやくざの世界を描き、思いっ切り暴力を描写している。「二進法の犬」では、性、暴力、コンピューター、哲学などありとあらゆるジャンルを網羅して物語が展開していくが、暴力に関する箇所は、好んで読み返していたものだ。
これは、あれである。やくざ映画を観た後、客が肩で風を切るようにして歩いちゃってる感覚と同じである。僕も暴力描写を読んだ後、肩で風を切っている。しかし、僕の場合はインドア生活なので、そのスケールは小さく、おでんを作る時に「よし、いつもはブイヨン(←hanami家では、おでんを作る時はブイヨンを使用している)3個だけど、あと3個入れちゃおう」とかそんなもんである。
藤原作品を読み続けているので、最近の夕食の味付けは濃い目だ。
しかし、「名残火~てのひらの闇Ⅱ」を昨日一気読みしたのだが、ホントに面白く読めた。僕が求める暴力場面がふんだんにあるし、愛すべきキャラクターも大勢いる。最後の最後まで楽しむことができるのも今まで通りだ。今日から「蚊トンボ白髭の冒険」という作品を読んでいるが、これも実に面白い。しかも暴力場面たっぷりである。タイトルから、今回は今までと毛色の違う作品だろうなあと思っていたがとんでもなかった。藤原伊織は藤原伊織だった。僕は、ただ楽しめばいいだけなのだ。幸せ時間とはこういうことを言うのだろう。
この作品は、藤原伊織の最後期に書かれた作品だと思うが、藤原がホントに描きたかったのはこういう男なのではないだろうか、という人物が登場する。主人公を厄介事に巻き込む男だ。彼は、極貧に育ちながら必死に勉強し、アメリカで大成功した。それでまあ色々あって主人公の倉沢を厄介事に巻き込むわけだが、自分で「私は野良犬なんですよ」「国家のシステムとやらに心底ウンザリしているんです」と言う(確かそんな風に言ってた)。
この野良犬感が、僕が藤原伊織に抱いたものだった(これまでの作品を読んで)。だからこそ、何冊も続けて読んでいるのだろう。そして、藤原は「蚊トンボ白髭の冒険」というとぼけたタイトルの作品で、ほぼ初めて自分の心の中のドロッとした面を出したように感じた。
「野良犬」というと何だか落ちぶれた感があるが、要するに世間から逸脱した孤高の存在というわけだ。僕は、逸脱という意味ではおんなじだが、孤高とは正反対の「孤低」(←そんな言葉はないが)なのかなぁという自覚は多少ある。だからこそ藤原伊織にここまで反応するんだと思う。
あとふたつ印象に残った言葉がある。主人公倉沢の「生きてて楽しい必要なんかあんのかよ」という言葉と、八木沼真紀の「物事って、なんでも断ち切るように一瞬でパーフェククトには終わらないのよね。所詮、グラデーションでしかない」という言葉だ。どちらも藤原の人生観が表れているように思った。
さて、どうでもいいことばかり書いていたら、2000字を超えてしまった。この分だと今日は久しぶりにタイトルに偽りありだな。どうしよう。
えーっとねぇ、パンクって、今まで積み上げてきたものを木っ端みじんにしてやるぜっていう音楽だったでしょ?でもそれって1回しか使えない手じゃん?でも今、この現代でもう1回この手法を使える時が来たんじゃない?相手は音楽生成AIで。ってそんなことを書こうと思ったんだ。受け売りだけどね。
今度また、書こうと思ったらもう少し詳しく書くかもしれない。
それでは。今日もおでんである。多分明日もおでんである。