猫も杓子もAIって騒いでいるなぁ

最近僕のYouTube動画で紹介されるのは、なぜかAI関連のものが非常に多い。そういうわけで、昨日一昨日とそういう動画をざっと見てみた。

 

 

最初に見たのは、「明確で具体的なプロンプトを提示しないとダメだね」っていう動画だった。その動画によると、大事なことは5つだそうだ。

 

・役割を与える

・背景情報を追加する

・プロンプトを構造化する

・複雑なルールを分解して明確に設定する

・出力形式の定義

 

 

だって。普段AIに慣れ親しんでいる人にとっては当たり前のことなのかもしれない。サラリーマンとか?になるのかな。その動画曰く、更に「(AIとの対話を通じて)AIにプロンプトを考えてもらう」「プロンプトメーカーを作る」ことも大事だって言ってた。そして一番大事なことは、どれだけAIのせいにはせず、自分なりに試行錯誤してAIを使いこなせるかってことらしい。ふーん、なるほど。

 

 

しかし他の動画を見たら、言うことが違うっぽい。その動画曰く「完璧な指示はもう古い」んだって。「カオスな断片」或いは「思考の断片」で十分だって言ってた。細かな指示を与えることがAIの能力を制限してしまうんだって。だから、最後に「一緒に考えて」と付け加え、対話のラリーをしていくことで思考を深めることができるらしい。ふーん、なるほど。

 

 

更に更に見てみると、文字起こしツールが今イケてるらしい。よく分からんが、1時間の音声が約5分で文字化できて、議事録やインタビューなどに最適だって。これもなるほどである。

 

 

もっと見ると、レシピ作りはAIが最高だって落合陽一が言っていた。それから、食べ物の紹介をする時にも最適だって。作ったことも食べたこともないのに、AIって凄いな。なんか1日1日で進歩している世界なんだろうな。

 

 

僕みたいなおじいちゃんは、もう少し待ってもうホントに誰でもこれが使えるよってなった段階で使えばいいかなって思っている。このブログを書くのだって、そのうち手なんか動かさなくってもよくなるはずだ(もうなってるか)。でも手はやっぱり動くうちは動かしたいものだ。

 

 

そうこうするうちに、「やはりデジタルとアナログの両方を使うのが一番だ」という動画にも出会った。一体どうすりゃいいんだい?

 

 

最後はひろゆきだ。「AIってバカなんすよ。どのデータを食わせるかによって答えが変わってくるんすよ」って言ってた。

 

 

もう数年すれば、AIネイティヴの人たちの出現だ。その人たちの思考回路はどうなっているのだろう。そこは興味がある。だからそれまでは何とか生きていたい。

 

 

 

そんなこんなを考えてはみているが、そんなのは1日のうちの数十分だ。あとは何をしているかというと、ほとんど読書である。

 

 

極端に走りがちな僕としては、今の優先順位1位が読書である。まあ最近の記事を読んだ人は分かるだろうが、藤原伊織作品である。「シリウスの道」上下巻を読んだ後は、「ひまわりの祝祭」「ダックスフントのワープ」「てのひらの闇」を立て続けに読み、今日から「名残り火」を読んでいる。

 

 

それにしても「ひまわりの祝祭」を読んで、「うん?なんか村上春樹っぽくないか?」と思ったが、デビュー作の「ダックスフントのワープ」を読み、更にその思いが強くなった。勿論作品は楽しく読めたんだけどね。

 

 

あと3冊か4冊はあるだろうから、1週間は楽しむことができるだろう。問題はそのあとだ。こういうハードボイルド物(日本産)ってあるのだろうか?あったら嬉しいけど、ない予感の方が強い。それにどうしても藤原作品と比べちゃうことになるだろう。

 

 

 

 

話は、ころっと変わるがこの時期になると僕は、今年よく聴いた音楽の振り返りをほぼ毎年やってきたと思う。じゃあ、2025年はどう?と自問するとこれが思い浮かばないんだよね。原因の第一はレコードを聴く時間が短くなったことである。これは意外だったなあ。

 

 

暑くなるまでは、今まで通りのペースで聴いていたような気がするが、夏以降は1回もレコード針を落とさなかったって日が多くなった。寝る前にiPhoneで聴くぐらいになった。これは僕としてはおおごとである。音楽を聴かない?僕にそんな日が来るなんて夢にも思っていなかった。

 

 

だから、今年のベスト10とかって考えても思いつかないんだよね。確か1月くらいは、エルトン・ジョンに夢中だったよなって思うくらいである。

 

 

夏はネトフリ依存症に罹っていた。10月はなんだっけ?後半は本を読んでいたけど、前半は何をしていたのかよく分からない。

 

 

僕は、ブログを書く頻度も落ちたし、レコードを聴かなくなった。これは大問題である。もしかしたら退職者の多くがこういう罠に落ちるのかもしれない。自分が退職したら、あれもやれるこれもやれると思っていたのに。これではまるで「自分に限っては詐欺に合わない(或いは新興宗教に嵌らない)に決まってる」と思い込むのと同じかもしれない。

 

 

 

じゃあどうするか、である。今のところ、来年の4月から学習支援員として働く、くらいしか思い浮かばない。要するに家に籠ってばかりいては人としてダメになるということを皆さんに披露している状態なのかもしれない。

 

 

しかし、今日僕はひとついいことをした。懸案事項だった実家の粗大ごみを捨てに行ったのだ。これは、あまりにもいい天気だったので「よし、行こう」と思ったから動くことができた。11月だというのに、北陸地方は最近いい天気の方が多いように思う。しばらくするとすぐに寒くて暗い冬がやってくるんだから、今のうちに今後のことを考えておかねばなるまい。まあこんなこと書いても「いつものやるやる詐欺だろ」って思われるかもしれないが(自分でもそう思う)。

 

 

 

 

今日はここまで。読書しなくっちゃ。

 

 

 

 

それでは。