天然な政治家だと思うんだけど

先週の自民党総裁選で驚いたこと、それは高市早苗小泉進次郎の決選投票の結果だ。党員票は、高市早苗が圧倒的にリードする、ってことは全国民周知のことだったと思う。でも議員票があんなに拮抗したとは思わなかった。この期に及んでまだ小泉進次郎に票を入れる人がこんなにいたんだ。しがらみってスゲーな。

 

 

僕は、積極的に高市早苗を支持しているわけではない(自民党が嫌いだから)が、小泉進次郎は積極的に嫌いだ。きっと多くの国民もそうだろう。そこら辺の空気って読めないのかね、議員さんたちは。高市高市って言うけど、麻生の傀儡なんてことも言われているから(実際そうなんだと思う)、今後のことはどうなるか分からないけれど、今年中になんか起きないかなーと思っている。

 

 

その鍵を握っていると勝手に思っているのは今日のタイトルにした天然な政治家だ。僕が思う天然な政治家とは安野貴博のことである。最近YouTubeで安野氏の動画をよく観る機会があったんだけど、なんかこの人天然だなーって思っちゃったのだ。いい意味で、ですよ。

 

 

一応「天然な人」で検索してみると、「表情が豊かで、何事にも一生懸命、人を信じやすいといった点が挙げられます」「これらの特徴から、天然な人は周囲から愛されキャラとして認識されることが多いです」と好意的に書いてあった。

 

 

僕が思う天然な人って、まずは「空気が読めない人」かな。自分の世界に夢中っていう言い方もできるかもしれないんだけど。安野貴博が、政治家になってやろうとしていることは、空気が読めないからこそ生まれてきたものなんじゃないかなー。じゃないと普通あんな魑魅魍魎とした世界に飛び込もうと思わないんじゃないかな。でも彼は、そんな世界に勝ち筋を見出したようだ。

 

 

そもそも彼が都知事選に出馬する決心をしたきっかけは、妻の一言からだったという。選挙システムについて、グダグダ文句を言っていたら、妻が「だったら貴方がやれば?」と言われて、次の日の朝に決意したと言っていた。普通は決心しないよな、そんなことで。

 

 

そんなこんな(都議会選で一定の支持を得た)で、参院選に出馬し、議席を獲得した彼は、「永田町にエンジニアを10人送る」とか、面白いことをたくさん言っているけれど、その根っこにあるものは、「空気を読まない」「楽観性」にあると僕は睨んでいる。じゃないとあんな無邪気に国会のシステムに対して「これはおかしいだろ」「コスパ悪いよな」「PCを持ち込めないなんて笑っちゃうよね」などと言えないだろう。

 

 

彼の主張を一言で表すと「民主主義をアップデートする」である。もう少し言うと、いろんな人の意見を集約して政策を決めることができたり、議員の金の流れをオープンにすることができたりする、とかになるのかな。

 

 

そのために必須なのがAIである。そのAIについて話すときの安野もとても無邪気で、楽しそうである。そう、楽しそうに生きてる感じがもしかしたら有権者の心を捉えているのかもしれない。僕はそんな安野が好きである。

 

 

ただ僕は、AIについてネガティヴな印象の方が強かった。特に自分が経験してきた学校現場(小学校)で、どのようにAIを活用するんだ?何年生から使うんだ?という思いが拭えなかった。

 

 

AIを使いこなせるために必要な力は?と問われた安野は「思いを言葉にする力」と即答していた。対談相手は「論理的な思考力」と言っていた。そのためには「読んで話して書いていかなきゃ」とも言っていた。僕もそう思う。結論は「国語と算数と体育の勉強をしていったらいいんじゃないか」だった。なるほど。これには僕も賛成である。

 

 

他の動画を見ると、AIを使いこなすためには、それなりに必要な力(基礎的な力←ちょっと抽象的だが)を持っていないといけないと話す人もいた。だったら小学校でみっちり基礎的な力(もしかしたら国語と算数)を養う必要がある。

 

 

でもまたまたある動画を観ると、「これからはIQが高いAIというよりEQが高いAIが出現するだろう」「そうなったら、子どものやる気を引き出すこともAIでできるようになり、人間の先生はいらなくなる(はずだ)」と言っていた。全く凄い世の中になりそうだ。

 

 

「民主主義のアップデート」に話を戻してみよう。僕は数年前に社会の授業で「絶対的に優れた力を持つリーダーが世の中を仕切るのと、時間はかかっても世の中のことをみんなで決めるのと、どちらを選ぶ?」と子どもたちに問うたことがある。そしたら、前者に賛成する児童が思ったより多くて「ふうん」と思ったことがあった。

 

 

また、だいぶ前の記事に書いたが、村上龍の「愛と幻想のファシズム」の中で主人公のトウジが「民主主義は疲労困憊している」と語る場面があり、とても共感したのを覚えている。

 

 

また、(←今日は「また」が多いな)自分の授業でタブレットを使ってみて「この機械の良さは、スピード感がある&たくさんの情報を処理できる&それをみんなが見ることができる」と思ったことも書いたような気がする。

 

 

僕はトウジの台詞に共感したと書いたけれど、それはファシズムという考え方に繋がるはずだ。ファシズムの優れたところは、「圧倒的なスピード」だ。学級会で次の週に何して遊ぶ?なんていう議題で45分話し合っても埒が明かないことに子どもたちも疲れているのだ。

 

 

そんな「システム上の欠陥」がある民主主義にどうものれなかった僕だが、安野の考えが現実化すると、スピード感を持ちつつ、多くの人の考えを聞くことができる、そんな社会が実現できてしまう。

 

 

「できてしまう」と書いたのは、きっとそんなことは今の政治家には邪魔なことだと思うからだ。害悪とさえ思っている人がいるかもしれない。

 

 

でもさっきも書いたが、安野は楽しそうに、あるいは無邪気に自分の仕事に取り組んでいるように見える。彼を邪魔だと思っている政治家にさえ、嬉々として「こんなことができるようになるんっすよ」とか言いそうである。だから僕は、彼のことを「天然な政治家」だと思った。

 

 

高市早苗と安野貴博が結託すれば面白くなりそうなんだけどなー。どっかで対談とか企画してくれないかな。

 

 

勢いに任せて書いちゃったので所々、おかしいところがあるだろうと思うが、久しぶりに頭が回転したので、許してちょうだい。

 

 

 

 

それでは。