今日は、(亡くなった)デヴィッド・ヨハンセンについて書こうかな、と思っていた。家には彼のレコードが3枚ある。この3枚をゆっくり聴いてみるか、と思ったのだが、その前に聴いたレコードにぶっ飛んでしまった。デヴィッド、ごめんよ。いつか記事に書くからね。
そのレコードとは、エラ・フィッツジェラルドとジョー・パスの「Take Love Easy」というレコードだ。昨日、ホントに予備知識もなく何気なく買ったこのレコード(1100円だった)に心を奪われっぱなしなんだよね。

まずは1曲(タイトル曲)聴いてみてよ。今日はこんな感じでいきますね。
どうだった?
僕はレコードに針を落としてさて座ろうかな、って思った瞬間から固まっちゃったよ。何だこれは?なんて気持ちの良い音楽だろうってね。こんなに気持ちのいい音楽について何か書くことなんかできない。何も言葉が浮かばない。
だからあとは基本情報だけしか書けないかな。(↓ 主にウィキからの引用)
エラ・フィッツジェラルドは、アメリカ合衆国のジャズ・シンガー。ビリー・ホリデイ、サラ・ヴォーンと並び称される20世紀の女性トップ・ジャズ・ヴォーカリストの一人。
ジョー・パスは、アメリカ合衆国のジャズ・ミュージシャン、ギタリスト。我流であるが、卓越した超絶技巧を誇り、後進のギタリストに多大な影響を与えている。
ここから先は全部、「ギター・マガジン」からの引用である。たっぷり引用しちゃうけど、許してね、「ギター・マガジン」さん。
「スウィングの女帝と遅咲きの匠のめぐり合い」
スティーヴィー・ワンダーが大ヒット曲「Sir Duke」で、デューク・エリントンやルイ・アームストロングらと並んで称賛したのがエラ・フィッツジェラルドだ。器楽奏者顔負けの凄まじいスキャット唱法でも知られるエラは、1930年代からビッグバンドをはじめさまざまな編成でスウィングしてきた。
一方のジョー・パスは、麻薬リハビリセンター出所後に遅咲きのデビューを迎え、1964年に傑作「For Django」を放ってジャズ・シーンでの存在感を増大させる。1970年代に入ると、名プロデューサーであるノーマン・グランツと交流を持ち、彼の提案でソロ・ギター作品「Virtuoso」を作り上げた。
グランツはそんな才能溢れるパスを、自身のパブロ・レコードに所属するエリントンやオスカー・ピーターソン、そしてエラらジャズ・ジャイアンツとコラボさせていく。
「エラに安心感を与えたパスのレパートリーの広さと技量」
眼病の治療のため一時引退していたエラが見事復活したのが、1973年7月のカーネギー・ホールでのライブだ。そのわずか1か月後に予定されたエラのスタジオ復帰作のデュオ・パートナーとして、グランツが白羽の矢を立てたのがパスであった。
パスのレパートリーの広さやテンポもキーも変幻自在の技量に、エラは安心感を覚えたに違いない。それにしてもグランツの慧眼、恐るべし、である!
ふぅ。これくらいにしておかないと怒られちゃうね。エラお得意のスキャットが鳴りを潜めたこのアルバムで僕は初エラ体験と相成った。これは幸せ、というべきことだと思う。何と言っても今の僕の気分にピッタリだ。
それにしても無性にウィスキーが飲みたくなってきたぞ。このアルバムをいい音のするジャズバーで聴いた日にゃあ大変なことになると思うな。
今日はこれくらいにして、明日の人間ドックに備えよう。
それでは。