もう亡くなったけれども、もし生きていたら現在の状況について何て言うんだろう?と思う人が2人いる。忌野清志郎と橋本治だ。
清志郎の方は、おいおいまたかよと思われるであろう。たくさん記事に書いてるから今更と言われそうだが、きっとコロナの頃からザ・タイマーズは結成されているだろうな。ザ・タイマーズっていうのはね・・・って書くのはもうやめておこう。とにかく何か事が起これば結成されて物申してきたバンドである。だからさっきも書いたがコロナの頃から活動しっぱなしになるだろうな。
折しも結成35周年ということで、本が出版された。その本が先日届いたので、早速読もう、、、としたのだが、橋本治の方から読むことにした。
橋本治の本は、30代の頃によく読んだ記憶がある。「貧乏は正しい!」(1993)「ぼくらのSEX」(1993)「宗教なんかこわくない!」(1995)等を刊行していた時期だ。
橋本治の好きなところは、前提をキッチリと最初に述べることだ。これこれこういう事象があるが、それは前提としてこういうことがあるからなんだよとキチンと説明してくれる。そこが好きだし、信頼できると思っている。
反対にうーん・・・と思うところは、上に書いた前提の部分が長すぎることだ。前提だから当然本の冒頭に書いてある。最初だから一生懸命読む。それが延々続く。それからさあ、今からこの事象を読み解いていくよとなった時には、もうお腹いっぱいになるのだ。分かったような気になっちゃうのだ。そこが困る。
でも1990年代は、一生懸命に読んでいたような気がするな。
今回何故橋本治について書いているのかというと、本を買ったからだ。「20世紀」(2001)と「虹のオルゴール」(1988)の2冊をアマゾンで購入した。それにしても今どきアマゾンで本を買おうとなったら(前に書いたかもしれないが)、送料の方が本の値段より高いんだね。本1円って一体どうなってるんだろう。
今は、「20世紀」の方から読んでいる。といってもまだ24ページしか読んでないけど。あと450パージあるんだけど、読めるかな。


本の帯には、「へんな百年だった」と大きく書いてある。その下に「«こんな日本»になってしまった、すべてのいきさつを、正しく知りたい。二十世紀を一年ずつ、百年分のコラムで大総括」と書いてある。
この本もさっき書いたように、最初の45ページくらいは前提を書いている。その後に1年を4ページずつ、百年分書いているという壮大な本だ。それにしても字が小さい。行間が狭い。昔はこんな読みにくい本を普通に読んでいたんだよな。今の書式に慣れ切っている身としては驚くしかない。もしかしてここら辺に1円で売られている理由があるのかもしれない。
中古の本でしかも「良」じゃなくて「可」の方を買ったからか、前の持ち主によるラインが引いてある。よって僕も気軽にマーカーをつけることにした。折り目も目一杯つけてゆっくり読むことにした。
今のところ気になった箇所は2つある。
「二十世紀が始まった1901年に、イギリスのヴィクトリア女王が死ぬ。大英帝国の繁栄を象徴した、いたって十九世紀的なこの女王様の死によって二十世紀は始まるわけだけれども、『古い女王様の時代は終わった、これからは新しい世紀だ』という始まり方をしたはずの二十世紀は、相変わらず古い十九世紀的な原則の続く時代だった」
「十九世紀に続く二十世紀の前半は、二つの世界大戦のある«戦争の時代»でもあったのだが、しかし時代は、『戦争というものが存在している方がおかしい』という方向へ確実に進んでいた。」
「国家が正々堂々と戦争をするーこれはとってもへんだ。そうならないようにマトモな方向へ持って行くのが、国家なるものを動かしているエライ人であるはずなんだから、どうあったって、国家は正々堂々と戦争なんかしにくくなる。だから第二次世界大戦の終結以後、戦争というものはコソコソと行われるようになった」
何故こういう本を読みたくなったのかというと、やはり今の世界ってどうなってんの?って、さすがの僕でも思ったからだと思う。世界はどのようにして今の形になったのか知りたい→おっとそういえば橋本治にそんな本がなかったっけ?こんな感じだ。
今の僕にどれだけ根気があるのか怪しいけれど、この本を読み進めることが出来たら少しは賢くなるかもしれない。
そうそう、妻がコロナに罹っちゃったよ。何故?どこで?と疑問は尽きないが、医者からは軽症だと言われたらしい。とはいえこれから最低4日くらい?は引き籠るはずである。僕としては、いそいそとご飯を作るしかない。うつったら大変なことになるから、妻にはいろいろなところで我慢してもらうしかない。
それでは。