すこ~し働きたくなってきた

世の中は今日から仕事が始めるところが多いのかな。世の中の人に同調して、昨日まで僕は年始モードで、6,7時間連続眠ることができちゃったりしてたけれど、昨晩から早速平常モードになっている。

 

 

21時に寝て、目覚めたのが23時50分だと分かった時には悲しかったよ。そこからリビングに行き、何回も中途覚醒をしつつ6時まで寝ていた。もしかしたら、今日の記事に関係しているかもしれない。

 

 

年末年始で読書パワー復活を目指すと小さな声で宣言していたのだが、なんと教育書を1冊読んでしまった。驚くべきことである。

 

 

なんでこんな快挙を成し遂げたかというと、wakabyさんの影響大だったからである。最近何かと記事に登場しがちであるが、彼の記事には、難しい本について触れたものが多い。俺も難しい本を読みたい、と思ったのだ。

 

 

もう一人、JUNさんの言葉も印象に残っていた。JUNさんは「生きているうちに読んでおくべき本は読んでおきたい」と言っていた。夏目漱石やら芥川龍之介やらである。僕はそんな所謂文豪の本を読んだのは高校時代以来ない。今回は文豪の本ではないが、とにかく何かを読んでみたいと思った。

 

 

そういうこともあって(僕は好きな人からの影響を受けやすいのだ)、本を2冊購入した。そしてそのうちの1冊である「『これくらいはできないと困るのはきみだよ』?/勅使河原真衣」を今日読了した。面白かったし、僕が教育書を1冊まるごと読んだなんて今でも信じられない。今日はこの本の中で気になったところを写経してみようと思っている。

 

 

まずは、タイトルに関してのこと。

 

「『これぐらいできないと・・・』には、『社会には所与のもの、既存のもの』という社会観が大きく影響していると感じるんですよね。『社会がこうだから、これぐらいできるようにさせてあげないと』と、先に規定されている、揺るぎない『社会』というものがあって、それが大前提だから『これぐらいできないと』となるわけですよね。『だってあの子が困るでしょ』と。意地悪してるわけじゃなくて、本当に善意なんです。」

 

 

能力主義に覆われている社会や学校や教師や子ども。その呪縛を紐解き、どう立ち向かっていけばいいのかの模索(勿論これ!といった正解はない)を4人との対談で試みているように感じた。

 

 

 

次はもっと具体的な話である。

 

PISAの学力テストなんかも、相当余計なお世話ですよね。それで測れるのは、せいぜい『まねっ子能力』だと思うんですよね。できる人たちのまねができるかどうか」

「『取り繕い』の選手権ですね。『優秀っぽく見える』アカデミー賞と言ってもいいかもしれない。これは一体何なんですかね。人間の『わかりやすさ』を求める性ということなんですかね」

 

 

僕の住んでいる自治体は毎年全国学力調査の成績が上位である。それをキープするためにあらゆることをやった(やらされた)。過去問とかね。上位をキープするためには「余計なお世話」で済まされない底知れない迫力を管理職から感じたものだ。僕はその迫力に負けた人間である。

 

 

 

もういっこ書いておこう。漢字が書けない息子について勅使河原氏が語った言葉である。

 

 

「教育センターで対応してくださった心理士さんは、はじめて『なんでできないのか?』ではない質問をしてくださったんですね。『覚えやすい漢字はどんなのがあるの?』『この漢字はどんな風に見える?』というような、彼の感覚をはじめて質問してくれたんです」

 

 

できない理由ばかり問うのは教員の得意技だ。この心理士さんのように問うことができる専門性はもう一般の教諭にも求められる、と思ってからだいぶ経ったなあ。僕はといえば、「・・・」と書くしかないかな。

 

 

 

まあそんなこんなで、400ページ弱ある教育書を読み終えることができた。僕にとっては刺激的な示唆に満ちた本だった。そんですこ~し思ったのだ。働いてみたいな、と。一昨日あたりから学校の夢(どちらかといえば悪夢)ばかり見るようになったのはこの本の影響大だと思われる。

 

 

というわけで、あと最低3か月はじっとしていなきゃいかんかな、と思った次第である。

 

 

 

それでは。