結局は先生次第なんだよね

只今午前5時30分。僕は元気いっぱいである。3時に起きてレコードを3枚聴いた。今はエルトン・ジョンを聴いている。

 

 

大体の日は、起きてぼうっとした頭で今日は何を書こうと考える。テーマが浮かべばそのままぼうっとした頭で1000字くらい書く。残りは午後にもう少し頭がハッキリしてから書き、推敲して記事をアップする。

 

 

今日も3時に起きて何を書こうかな、と思いながらぼうっとしていた。しかし何も浮かばない。今日は昨日に続いて何もないかな、と思いレコードを聴き始める。4時になったのでコーヒーを淹れる。BGMは山下達郎だった。

 

 

聴いている途中にふとギタ練すっか、と思った。すぐにギターを持ち、右手のピッキングの練習を始める。うーん・・・ダウンとアップの音が揃わないぞとか、もう少し音を強く弾いたり弱く弾いたりとか、もう少し早く弾いてみようかとかいろいろ思いながら練習をした。

 

 

次は、左手だ。JUNさんに教えられたとおりに弾いてみる。うーん・・・1弦から6弦に上がっていくときがまだまだだなぎこちないなとか、薬指と中指の動きが今イチだなとかいろいろ思いながら練習した。

 

 

時間にしたら10数分といったところかな。でもこの練習を年末から毎日している。なぜか?JUNさんに薦められたからだ。この基本のキの練習を3か月続けたらいいよ、たとえ5分でも3か月続けたらどうなると思う?と言われた僕はそうかそうなのかと思い、練習しているというわけだ。そして今日はこのことについて記事に書いてみようと思ったわけである。

 

 

結論から書くと、結局は先生次第で生徒は動き始めるということだ。

 

 

先生のことが好きで尊敬できると思ったら、生徒はその先生の言ったことをやり始める。先生に対して少しでも疑念を持ったら、いくらおんなじことを言われても生徒は動かない。動いたとしても3日坊主になる。あとは、言われるタイミングというのもあるかもしれない。全然必要感を持っていない時に言われてもこちらには届かないものね。

 

 

とか言いながらも、JUNさんにはおんなじことを何回も言われているんだけどね。

 

 

この調子で忘れないように練習を続けていきたいものだ。しかしあんまり決め決めに考えるとつらくなるから、まあそこは適当にとも言われている。しかし僕は変に真面目なところもあるので適当に練習することができるかはちょっと心配である。休んだら休んだで練習がピタッと終わりかねない。

 

 

これでもう何回書いたか分からないくらいの練習宣言だが、今回もどうなるかは神のみぞ知るである。そういえば力強く練習宣言はしているが、敗北宣言はしていなかったなあ。書いておこう。僕は何回もよーしって思い、練習に取り組むものの持続して練習はできていない。

 

 

 

しかし考えてみると、これならできるかなというくらいの内容を提示する、それを続けることの大切さを説く、実際にやってみる、声をかけるタイミングを図るなんてことはまさしく自分が仕事でやってきたことではないか。僕は仕事を上手くやることができていたのだろうか?今日のタイトルは思いっ切り自分に降りかかってくる言葉だな。

 

 

なんて書くのはちょっと不遜か。自分の働きかけで1人でもやってみっかと思う児童がいたとすれば幸せなことこの上ない。いや、謙遜するのはよそう。1人なんてことはない。もっといたはずだ(と思いたい)。

 

 

 

さてと。これで今年の目標が2つになった。歌詞を深掘りすることと、ギタ練を続けることだ。歌詞については1か月に1回は書きたい。ギタ練は短い時間でも毎日やる。どう?新年の記事に相応しい記事だよね。

 

 

これまで嘘をつき続けてきた僕だからみんな信用してないと思うけど、一応こっちは真面目なんだからね。

 

 

 

それでは。