「ヘイ、あのJAPANESE GIRLは一体何者なんだ?」

1976年5月

 

俺たちはロサンゼルスにあるハリウッドサウンドスタジオで一人の日本人女性を待っていた。彼女の名はアキコ・ヤノ。レコード会社を通じて話が来た。俺たちリトル・フィートのメンバーはそれぞれいろいろなところでセッションしているが、日本人とセッションするのは初めてだ。まあ、最初は軽く一発かましてこっちの実力を見せつけてやろうかと思っている。

 

 

初めてアキコを見た時は驚いた。まるでお人形さんだ。こんな若いお嬢さんが何で俺たちに白羽の矢を立てたのかよく分からなかった。彼女はニコニコと笑いながら俺たち一人一人と握手を交わしながら挨拶をした。レコーディングは明日からだ。4曲を予定している。お望みはどんなサウンドだい?と訊くと「アップ・トゥ・ユー」と言われた。そうかい、上等だ。明日が楽しみになってきた。



俺たちにとっては少し早い時間だったが、スタジオに行くともうアキコはいた。気持ちよさそうにピアノを弾いている。俺はドラム&パーカッションのリッチーの方を向いた。このノリ、ちょっと不思議な感じがしないか?彼は俺の言うことを理解したようだ。アキコの方に向き直り、目を閉じてリズムをとっていた。

 

 

「アキコ、まずは君がどんな曲をやりたいか、今聴かせてくれないか?」

「SURE」

 

 

アキコは4曲歌った。俺たち5人は息をのんで聴くことしかできなかった。これはただの少女がアメリカ人に助けてもらうためにやって来たのとはわけが違うのだと思った。アキコはアメリカンミュージックと戦うために来たのだとすら思った。気合が入った俺の顔を見てリッチーは、「ヘイ、ローウェル。心配すんなって。アキコと俺たちは合うと思うよ」と言った。

 

 

A―1気球にのって

やはり、昨日のリハーサルで聴いた時と同じ衝撃を受けた。なんじゃこのピアノのノリは。リッチーは、とりあえず自分たちのノリで合わせてみようと顔で合図してくる。俺はこれでいいのか?アキコ合ってるかい?と思いながら自分の弾くフレーズを探っていた。さあ、もうこれでいくぞ、スライドギター出動だ。ここにアキコのピアノも絡んできた。  

 

間奏のピアノは天下一品だった。これに合わせて俺もギターを弾く。もう一度聴くけどこれで合ってる?と心の中で問うてみる。最後のスキャットもハマりまくりだ。

 

しっかし極東の少女がこんなノリでピアノを弾くだなんて信じられないよ。アウトロはもう気持ちがよくてずっと続けていたいと思った。きっとパーカッションのサム・クレイトンもそう思っているはずだ アキコの合図で無事終わる。

 

アキコは俺たちをどうジャッジするだろうか。最初は一発かましてやろうと思っていた自分が恥ずかしくなった。「グレイト!」と笑顔いっぱいで言うアキコの言葉で俺たち全員が嬉しくなった。こりゃー、明日から楽しみだ。


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A―2クマ

アキコがパーカッションに演奏を始めるよう促す。そこにすぐにピアノで絡んできた。リハの後のミーティングで俺は尺八を吹くことになった。尺八は今まで吹いてはいたが、レコーディングするのは初めてだ。まあ、やってみるさ。

 

いやー、それにしてもアキコの拍子のとり方は独特だなあ。でもドラムはしっかりついていってる。リッチーは昨日の「気球にのって」のセッションでアキコを気に入ったようだ。俺たちは少しずつアキコが生み出すグルーヴを理解している。2曲目でこれだからあとの2曲が楽しみだ。

 

 

A―3電話線

この曲もパーカッションから始めてちょうだいと言われた。もう完全にアキコのペースでレコーディングは進んでいる。俺たちに異存はない。今まではアキコのピアノのノリばかりに注目していたけれど歌いっぷりもいい。

 

こんな自由に歌う女性はアメリカでもなかなかいないな。声ものびやかでアキコのヴォーカリストとしての凄さを感じた。それに徐々にアキコの紡ぎ出すサウンドと俺たちが作るグルーヴが調和してきているのを感じた。もうどこからでもこいって感じだ。間奏のギターも好きなように弾かせてもらった

 

 

A―4津軽ツアー

これがジャパニーズミュージックか。それもアキコの故郷の歌らしい。例によって俺たちは俺たちの粘っこいリズムでグルーヴしてみる。リッチーはすっかりアキコのピアノと息が合っている。でもそうさせているのはアキコの力だと思う。

 

 

 

この曲を録った後、アキコからもう1曲やりたいとの申し出があった。もちろん俺たちは「喜んで」と言った。明日もう1日スタジオは押さえてあるのでノープロブレムだ。

 

 

A―5ふなまち唄PartⅡ

アキコは、パーカッショニストとドラマーにジャパニーズリズムを教えていた。これは面白くなりそうだ。アキコは俺たちの演奏を気に入ったから最後にこの曲を演奏したいと思ってくれたのかな?

 

ドラムはジャパニーズ、ギターはアメリカン。最高に合ってるじゃないか。「どうだい?アキコ」と得意げに彼女の顔を見ると彼女が微笑みを返す。みんな実に楽しそうな顔をしている。

 

ブレイクの後パーカッションに合わせてアキコがスキャットする。そこにケニーのベースとリッチーのドラムが絡む。アキコのスキャットは続く。これも延々と続けていたくなるほど気持ちがいい曲である。

 

 

アキコとの楽しいセッションも今日で終わりだ。メンバー一人一人とハグをして別れを惜しむアキコ。俺は最後にこう言った。

 

 

「アキコ。最高にクールなレコーディングだったよ。でもアキコの曲の魅力を存分に引き出せたかはちょっと分からないんだ。俺たちは君とのセッションを楽しんだけどね。いや、ハッキリ言おう。俺たちの力不足だったよ。だからギャラはいらない」

 

 

アキコはニッコリ笑って俺の頬に軽くキスをしてスタジオを出て行った。

 

 

 

(いつものように全部妄想。最後の逸話(「ギャラはいらない」)はウィキに書いてあった)

 

 

 

それでは。