今日は試練の6日(←何故試練なのかは3日ほど前に書いた)の最後の日である。その1日の最初の時間に妻は家を出て行った。仕事関係の物が入ったバッグや読書用の本を入れたバッグを持って。
きっかけは僕が作ってしまった。ある事で僕が彼女に対する不快感を示すと、妻は「いつも貴方ってハッキリ言わないんだから。そして家の雰囲気を悪くするんや」と言ってしばらく洗面所に籠っていた。その後荷物を持って黙って出て行った。それが8時だった。
僕は、どうしたらいいのか分からなかった。もちろん言ったことを後悔したし、反省した。しばらくの間、ぼぅっとしていた。そして意を決して彼女にlineしたのが、8時45分。「さっきはごめんなさい。怒ってばかりでごめんなさい」と子どものようなメッセージを送った。
30分経っても妻からは返信は来ないし、既読もつかなかった。どうする?と悶々としていたら9時45分になって妻から返信が来た。
「いや、こっちこそです。家事については甘えっぱなしで。・・・・」という返信が来た。帰りは16時過ぎの予定だという。これを読んで心の底からホッとした。返信しようか迷ったが、やめておいた。あとは帰ってきたらもう一度謝って、仲直り終了にしよう。
問題はいつも僕の方にある。彼女には無理と我慢を強いている。これから先、2人で過ごす時間が増えたらどうなるんだろう。僕は来年の3月で一旦仕事に関してはけりをつけるつもりだ。そこから事態(僕の病状)は好転するかもしれないし、そうでないかもしれない。いや、病気のせいにするのは卑怯だな。
しかし、昔々に妻に言った「君とは一生の付き合いだと思っている」という言葉は今でも変わらないでいる。だからもう答えはハッキリしているのだ。自分で自分を変えるしかないんだよね。
まあ、そんなことを考えているうちに何と15時を過ぎていた。さて、話題を変えてみよう。
ザ・ストロークスのことはちらちら書いているが、昨夜も彼らのアルバム「ザ・ニュー・アブノーマル」を聴いていた。確かに僕でも楽しめるアルバムだ。読書をしながら聴いていると、アルバムが終わり、例によっておすすめの曲が流れてきた。
それらの音楽も大体において「いいんじゃないかな」と思えるものだった。不思議だ。僕の耳は更新されつつあるのかな。ただ一つ、気になることがあるとしたら批評する音楽を更に批評する音楽だな、と思ったことである。
ロックミュージックは、批評性を常にはらみながら進化(或いは深化)していった面が多かれ少なかれあるように思う。プログレなんてまさにそうだ。昨夜流れてきた曲は、そうやって進んできた1970年代、80年代の音楽を更に批評しているように聴こえたんだよね。合ってるかどうかは分からんが、僕には多少そう聴こえた。
でも読書をしながらそうやって聴いていて、「あっ、これ好き」と思える曲があったが、これが全部ザ・スミスの曲だったんだよね。これには驚いたな。イントロを聴いた瞬間、または歌が始まった瞬間にこれは好きって思ったんだけど、なぜそこまでザ・スミスの曲が僕の心を直撃したのかは分からない。今、まさにブームだからだろうか。
とにかく、ザ・スミスが一番気になる今日この頃である。
明日はJUNさんが僕の家に来る。これで3回目だ。楽しみだなあ。
それでは。