夏眠日記その10(花村萬月の巻②)

昨日の続きです。

 

「風転」(2000)・・・訳ありの少年ヒカルとヤクザ者の栂尾鉄男が逃亡をするロードムービー風小説。これにもラインをたくさん引いたな。例えば、

 

「労働者階級のカスな奴でも、中産階級のカスよりも唯一ましなところがある。わかるか」

「わかった。法律なんて糞喰らえって思ってるんだ。すくなくともそういう人って署名を集めたりしませんよね」

「そういうことだ。中産階級、いや正確には中産階級意識に凝りかたまった奴だが、その最悪なところは、ブルジョアから押しつけられた法秩序をなんの疑問もなく押し戴いて、それを破る者を嫌悪することなんだよ・・・(中略)・・・しかし中産階級にはその自覚がないところが問題なんだな。卑怯者であるという自覚がない。大多数を占めているから正義であると錯覚している。民主主義の恐ろしい結末さ」

 

とかね。何だか最近のニュースを思い出してしまうな。まあ、鉄男はゴリゴリの共産主義者なんだろうけど、言ってることは果てしなく正しい(僕にとっては)。逃亡もののロードムービーでハッピーエンドは難しいけど、読後感は清々しかった。

 

次は青春音楽シリーズ「ゴッド・ブレイス物語」(1989)「渋谷ルシファー」(1991)・・・前者は第2回小説すばる新人賞を受賞した作品。売れてはいないがカリスマ的人気を誇るハード・ブギ・バンドが登場する物語。この作品で花村はデビューする。彼はエルモア・ジェイムス作「ザ・スカイ・イズ・クライング」を主役の朝子に日本語で次のように歌わせている。

 

♪空が泣いてるぜ ウォオオ・・・

♪涙が通りに落ちてくる 空が泣いている

♪涙が空から落ちてくる あいつを捜してズブ濡れさ

♪いったいどこへ行ったんだ

 

・・・花村自身語っているが、小説で朝子に言わせている通りほとんど直訳だ。でもそれがまた好感が持てる。「渋谷ルシファー」は「ゴッド・ブレイス物語」のスピンオフ作品の風情が漂うが暴力や性描写に抑制が効いていて好きだ。

 

「皆月」(1997)・・・第19回吉川英治文学新人賞作品。これは裏の紹介文を引用(←またか)させてもらおう。「諏訪徳雄は、コンピューターおたくの四十男。ある日突然、妻の沙夜子がコツコツ貯めた一千万円の貯金とともに蒸発してしまった。人生に躓き挫折した夫、妻も仕事も金も希望も、すべて失った中年男を救うのは、ヤクザ者の義弟とソープ嬢!?胸を打ち、魂を震わせる『再生』の物語」だ。ソープ嬢の由美が愛らしい。花村萬月諸作品の中でもかなり上位にランクされる女性だ。これもロードムービー小説。

 

あと「ブルース」(1992)も外せない。この作品中の名言は・・・かなり強烈なキャラクターの徳山というヤクザが言う言葉。「コミュニケーションの究極はなんだと思う?まず、セックス、そして暴力だよ」。かっこいいね。そしてその後の作品でもこの言葉を実践していく花村であった。

 

また時代物にも優れた作品がたくさんある。最高峰は「武蔵」(2011~15)だろう。時代物であろうがなかろうが、花村は自身の考えにブレはない。「私の庭 浅草編」(2004)「同 蝦夷地編」(2007)「同 北海無頼編」(2009)も捨てがたい。浅草から蝦夷地へ行くんだよ。それに1冊がいつものように分厚いんだよ(縦にすると立つんだよ)。どれほどの根気がいることか。すごいとしか言いようがない。

 

ああ、「ワルツ」全3巻(2008)もあった。これは、戦後直後のヤクザを描いたもの。ヤクザを描かせたら花村の右に出るものはいない、と断言しよう。

 

「なかでごめんね」(2009)は女子高生が主人公の異色青春小説、じゃない。いつもの萬月節炸裂でしかも読後感が清々しい。

 

まだまだあるんですよ、奥さん。タイトルだけ書いちゃいますね。「月の光」(1993)、「笑う山崎」(1994)、「触覚記」(1995)、「イグナシオ」(1994)、「ぢん・ぢん・ぢん」(1998)、「吉祥寺幸荘物語」(2000)、「惜春」(2003)などなど、である。何故か分からないが、彼のライフワークである「王国記」シリーズにはいかないんだよなあ。

 

以上を見ていただけるとお分かりだと思いますが、彼は多作だ。異常なほど多作だ。扱うジャンルも多様である。ちょっと刺激を求める貴方、あなたに最適かもよ。でも真面目な人は嫌悪感を抱くかもしれないな。少なくとも僕の妻は読まない。

 

花村萬月はこれくらいにしとこう。ああ、楽しかった。