「銀嶺の人」までいくかな?

僕は登山と呼べるものを2回している。どちらも白山だ。1回目は大学生の時に父と義兄と僕の3人で、2回目は学校の同僚の先生夫婦と4人で登った。

 

勿論自分から登りたいと言ったわけではない。誘われたのだ。

 

義兄は本格的に登山をする人で、僕と義父との交流を深めたいがための白山登山だったと思われる。装備はかなり本格的で初心者の僕は「すげー」と思うしかなかった。何でもその日(3人で山を登る日)の朝に下見に行ってきたという。これもまた「すげー」だ。

 

大学生だった僕は、特に体力面で心配することもなく(別にトレーニングをするわけでもなく)当日を迎えた。しかし登りはキツかった。もしかしたら一番年下の僕の体力が一番なかったかもしれない。

 

何とか頂上に着いた僕(達)はその景色を見て声を上げた。それほど素晴らしい景色だった。完全に別世界だった。

 

しかしここからが大変だった。密かにビールを持ってきた(6本も!)父に付き合いビールを飲んで寝たのだが、その夜発熱してしまったのだ。

 

しかし御来光を見に行こうという義兄に逆らうことはできず力を振り絞って行った。確かに行ってよかった。よかった、これで帰れる、と思ったら何だかみんなと離れたところを歩き始めるではないか。「いいところがあるから」と言われついていった。ほんとに死ぬかもしれないと思ったよ。さすがに父が義兄に息子の具合が悪いと言ってくれた。義兄は悪気はないのだがそういうことには気づきにくい人なのだ。多分。

 

やっと下山することになった。その時の僕は息も絶え絶えで多分40度近く熱があったと思う。ひたすら俯きながら足を動かした。だって足を動かさないと帰れないんだもん。下山した後、車の後部座席でひたすら寝ていたが、あとのことは記憶にはない。なかなかハードな登山だった。

 

どうしよう。僕は新田次郎の作品について書くべく、こうして自分の体験を書いているのだがもうすぐいつもの字数がきてしまう。2回目の白山登山のことが書けない。

 

今日書きたかったのは「銀嶺の人」(1975)という作品である。

 

主人公は二人の女性登攀家。一人は女医を目指す勝気な「泣かない子」。もう一人は無口ですぐに「涙ぐむ」新進気鋭の鎌倉彫の彫刻家。遭難しかかった二人を事も無げに助け出した男性登攀家に魅入られ、岩に張り付き登るようになる。どちらも実在の人物をモデルにしている。「泣かない子」は今井通子(作中では駒井叔子)、「涙ぐむ子」は若山美子(作中では若林美佐子)。性格も生き方も違う二人がチームを組んで岩壁に張り付くとき、登攀が一つの芸術に見えてくる。ほんとだよ。読んでいてそう思ったんだ。

 

僕は美佐子が鎌倉彫の修行をしているところ、そして作品をものにするところまでの場面が好きだ。こと鎌倉彫に関して(登攀の時もそうだが)美佐子は頑固である。師匠もどう声をかけていいのか分からないほどだ。「彫り」をする人が「塗り」にまで手をのばす貪欲さは、普段おとなしい美佐子からは考えられない。しかし只々自分の思い描く作品を創るために美佐子はやれることをやり、考え続け、彫り続ける。

 

この小説は登攀は勿論のこと、仕事や恋愛も描かれている一種の青春小説でもあると僕は思っている。そしてどの場面でも白い炎を纏った静謐さを感じる。だから読んでいて心がシャキッとするのだ。

 

新田次郎の作品の中で一番好きな小説である。今読んでも面白いと思うな。

 

二番目に好きな作品は「孤高の人」(1969)である。三番目は「栄光の岸壁」(1973)である。