自転車でどこかを1周することが好きだった

といっても能登半島、琵琶湖、淡路島の3回だけなんだけどね。能登半島は大学5回生の時に1人で、あとの2か所は結婚してから妻と2人で行った。

 

能登半島へは9月頃に行ったと思う。友だちもいなくて孤独だった僕は、2週間前ぐらいから「自転車で何処かへ行きたい何処かへ行きたい」と思っていた。そしてある日の昼頃ついに決心した。「能登半島を1周しよう」と。能登海浜道路(当時はそんな名前だったと思う)の横に自転車道路があることは地図を見て知っていたからまずはそこを目指したものの、着いたら整備されていない草だらけの道路だった。がっかりしながらも挫けずに北へ向かった。昼にスタートしたので、それほどの距離は走れず、志賀町に着いた頃に夕方になった。今日はここまでと思ったが、何のプランもなかったので、どこに泊まろうか辺りを物色していると屋根付きのバス停があった。「ここで寝よう」と思った僕は少し早い夕食を摂り、またバス停に戻った。あとは寝るだけだ。しかし勿論辺りはまだ明るい。バス停の前でず~っとぼ~っとしていたら遠巻きに人が集まってきた。不審者だと思われたらしい。しかし僕は無視してぼ~っとしていた。やっと夜になり、バス停の中に入った僕は寝ようとしたが蚊がぶんぶん襲ってきてよく眠れなかった。早朝仕方なく出発することにした。

 

更に外浦を北上していったが風が強い。道はわりあい平坦だったけれどもなかなか走行距離をかせぐことができないでいた。しかし、山道を忍耐強く登るよりずっとましだ。じりじりと距離を伸ばし遂には輪島市を通過した。ちょっと迷ったが走りの調子もいいし、せっかくだから端の端まで行こうと思い、珠洲市を目指した。珠洲市に着いたのは夕方になった頃だった。かなりの時間走ったことになる。まずは駅を視察だな、と思った僕はそのまま珠洲駅へと向かった。明るいからまだ人出はあった。あったが、もう疲れ切っていた僕は道端で倒れ込み大の字になった。目を開けるといろいろな人が僕を怪訝そうに見ながら歩いていく。道端で大の字になるなんてことをしたのは生まれて初めてだったが爽快な気分だった。「俺は今日志賀町からここまで自転車できたんだ。寝っ転がって何が悪い!」なんて思っていた。夜は予想通り駅構内が閉まったので、外のベンチで眠ることにした。同じような人が結構いて「兄ちゃん、こっち来いや」とお酒を勧められた。お言葉に甘えて祝宴に参加した僕は、身の上を話しつつも楽しい時間を過ごさせてもらった。その後ベンチで寝ようとしたが昨日にもまして蚊が僕の周りを襲ってくるのでほとんど眠れなかった。そして眠い目をこすりながらまたしても僕は早朝に珠洲駅を出発した。

 

目指すは、七尾市を通り越し、富山県に入って氷見市のすぐ隣の高岡市だった。当時付き合っていた彼女が住んでいたからだ。能登半島の内浦は追い風で非常に気分よく走ることができた。そのためか昼過ぎには高岡に到着した。彼女に連絡を取り迎えに来てもらった。久しぶりのデートだ。車でさっき僕が走っていた道をあっという間に通り過ぎながら積もる話をした。彼女においしい昼食をご馳走してもらって、じゃあね最後まで気を抜かないでね、なんて言われて帰途に着いた。倶利伽羅峠が一番の難関だったけれど何とか夕方、金沢に着くことができた。そこでお祝いのラーメンを行きつけの店で食べ、家に着いてぐっすり眠った。

 

こういうことをするのが結構好きな20~30代だったが、2日連続で野宿をしたのは初めてだった。それにしても寄り道(観光)もしないでひたすら走る、という旅行スタイルは基本的にそれ以後も変わらなかった。