学校を休んだ時から始まった

それは小学校4年の時だったと思う。熱を出して学校を欠席したが、昼過ぎにはベッドから起き上がれるようになっていた。手持ち無沙汰になった僕は、隣の姉の部屋に忍び込み、本棚を覗いてみた。

 

そこには結構な量の本と漫画があった。その本の中で、ほんとに何気なくだがシャーロック・ホームズの本を手に取っていた。確か「悪魔のダイヤ」という題名だったと思う。その本は熱を出して休んだ僕を虜にした。

 

それまで読書経験がほとんどなかった僕がなぜ本を、それも字がいっぱい書いてある小説を手に取ったのかは分からない。しかし、僕の読書生活はこの日から始まったと言ってもいい。その後、家にあるホームズ物を片っ端から読み漁り、それを読み終えると学校の図書室で借りて読むようになった。読書をすることは僕の生活の一部になり、老眼で本を読む習慣が失われつつある現在までかろうじて続いている。小学校→シャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパンシリーズ、明智小五郎もの、あらゆる少年向けSFもの、歴史ものを読み、中学校→水滸伝三国志の漫画、植村直己の冒険もの、中国史、ドイツ史等、高校→吉川英治の歴史物語、星新一のショート・ショートや遠藤周作等を読んでいた。

 

姉の本棚から見つけたもう一つのものは少女マンガである。多分最初は「はいからさんが通る」(大和和紀)だったと思う。それ以後、「アラベスク」(山岸凉子)「エースをねらえ!」(山本鈴美香)「七つの黄金郷」(同)を読んでいた。「ガラスの仮面」(美内すずえ)や「いつもポケットにショパン」(くらもちふさこ)もあったな。それと陸奥A子なんかの恋愛ものも密かに読んでいたような気がする。「エースをねらえ!」の第2部が始まった時は姉と2人で興奮したな。

 

しかし、少女マンガは中学生高校生の僕が書店で買うわけにはいかない(今ではそんなことないのかもしれないけど)。当時男子学生が少女マンガを買う、なんてことは考えられなかった。だから中学高校時代はあまり少女マンガを読まなかったように思う。

 

大っぴらに少女マンガを買うようになったのは、大学生になってからだ。「有閑倶楽部」(一条ゆかり)から始まり、「CIPHER」(成田美名子)、「ボーイフレンド」(惣領冬実)なんかを読んでいた。不思議とその当時人気のあった竹宮恵子大島弓子吉田秋生にはいかなかった(1回だけ大島弓子の「女の子は月に一度の生理には行動がおかしくなる話」を読んで作詞したことがあったな)。大学時代で忘れられないのが「ポーの一族」(萩尾望都)だ。大学の研究室に置いてあったのを読んで衝撃を受け、そのまま黙って持って帰ってしまった(今でも家にある)。

 

働くようになってからは、「おいしい関係」で槇村さとるにはまり、「日出処の天子」で再び山岸凉子にはまることになった。「イティハーサ」(水樹和佳子)も忘れ難い作品である。もちろん萩尾望都作品は買い漁った。

 

 

 

今日は途中から少女マンガ(今ではそういう分け方をしなくてもいいのかもしれないが)モードに突入してしまったな。

 

まあ、こんな感じの本やマンガに触れながら成長したというわけだ。しかし、どういうわけか、いわゆる名作(芥川龍之介夏目漱石等)には手を出さなかったな。太宰は少し読んだけど。そういう意味ではいわゆる文学青年ではなかった。

 

 

 

(多分今日はこれから「エースをねらえ!」「7つの黄金郷」を再読することになると思う)

 

 

 

雪は大分積もって、現在車を出せない状態だ。今日はひたすら雪かきと「エースをねらえ!」だな。