語り合えた嬉しかった

夏休みも最後の日の朝に自分の教室にいると、突然ある校務分掌の主任をしている先生が来た。

 

生活目標を張りに来たという。分かったよ。貼っておくよと言うと、何やらもの言いたげな様子なので待っていると、「先生、私もういやだ。」と言い出した。

 

僕は驚いて、「どうしたん?」と聞くと、もう主任はやめたい、何もかもやめたいと言い出した。これは大変なことになっていると思い、「何があったの?」と聞くとぽつりぽつりと話し始めた。

 

あまり具体的なことは書けないが、

 

彼女曰く、「(一部の年輩の先生が)若い先生に指導している場面はまるで『いじめ』だ」「この学校で新規採用された先生に言いたい。『これが普通だと思わないでほしい』」「私はもう(その先生達に)ごきげんを取るのが嫌でそういうことしなくなったら、自分のクラスの子に対する態度も冷たくなった。子ども達もその先生を恐れている」「私は、(その先生に)何か言われるたびに夜眠れなくなる」

 

それに対して僕は、「この学校は『普通』じゃない」と思っていること、「ある若い先生は、昨年初任の先生がひどい言い方で指導されているさまを見て、『誰もが通る道だ』と言っていた。俺は彼にそれは違うと言った」というようなことを話した。

 

短い時間だったが、お互い思っていることを言い合うことができたこと、どちらも同じように思っていたことを確認することができた。その先生とは前任校で一緒に働いたこともあったし、よく喋っていたのだが、今の学校に赴任してからは喋っていなかった。だから話しかけてきてくれて嬉しかった。

 

こういうことを話すことができた人はこれで3人目だ。誰もが思っているだろうことだが誰も言えない。それが今僕が勤務している学校の状況だ。

 

となるとどんな子どもが育つのだろう。それは、「先生の顔色を見て、先生ごとに態度を変える子ども」だ。

 

多かれ少なかれどこにでもあることだ、とはとても言えない。しかし今の僕は無力だ。それが悔しい。