大学時代、バンドでドラムを担当していた

大学2年の夏休みのある日の夜、僕は軽音楽部のドアの前にいた。

バンド募集の紙を見て、これは!と思い、今練習しているバンドに入りたいと思ったからだ。こんな性格なのでなかなか踏ん切りがつかなかったが、思い切ってドアを開けた。そして、バンドに入りたい旨をリーダーらしき人に言うと、その人はすぐに「ドラム叩いてみて」と言い、「こんな風に」とお手本を見せてくれた。僕はその人と交代し、叩いてみたが何しろドラムも何も楽器を持つのは初めてだったので、全然叩けなかった。そうしたらリーダーらしき人に、「じゃあ、ドラム教室へ通いなさい」と言われた。「とりあえず基本の叩き方とXTCの『タワーズ・オブ・ロンドン』と『レスペクタブル・ストリート』を叩けるようにしてね」と言われた。僕は、「えっ、バンドに入れるんですか?」と聞いたら「がんばってね」と言われただけだった。あとで聞くと、その時僕がスージー&ザ・バンシーズのTシャツを着ていたのでポイントはアップしたらしい。

 

それからバンド「SIDE B」に加入し、ドラムをすることになった。自信を持ってプレイできるのはXTCのあの2曲だけで、あとはひたすら基本のパターンを叩いていた。フィルインなんてほとんどやらなかった。僕は「チャーリー・ワッツもあんまりオカズ叩かないから」と言い訳していた(チャーリー・ワッツは何でもできるけどあえてやらないのは勿論分かっていたけど)。それでも基本パターンでグルーブを出せればよいが、録音したテープを聴いて心の中でため息をつく日々だった。ジャストで叩けなくていつも前のめりになっているのがどうも性急な感じがして嫌だった。当時はパンクもよく聴いていたのにそれでも性急に前のめりに聴こえるということはよほど慌てて叩いていたのだろう。でもメンバーはそんな僕に何も注文をつけなかった。

 

あと、僕は3曲ほど作詞したことがある。それにリーダーが曲をつけて、デモテープを聴かせてくれた時は興奮したなぁ。

 

メンバーチェンジは1回(ボーカル)。他の人はバンドをかけ持ちしていたが、僕はSIDE Bだけだった。なんせノーテクなもんで…。でもバンドをしていたおかげで僕の大学生活も随分と充実したものになった。5人のうち3人は県外だったので卒業とともに自然消滅した。僕は留年したのでそのまま大学に戻った。その後の喪失感の大きさは半端なかったな。

 

大学を卒業し、教職に就いた僕は30歳を過ぎて初めてギターを持った。しかし、大学当時のように音楽について話し合える人とは会っていない。とても孤独だった(今も)。

                                

                                (続かない)