近頃はよく「共有」という言葉が使われる。教育現場では「共通理解」という言葉が昔から使われている。でも、これらの言葉はなんだか胡散臭い。「共有」を調べると、
① 複数の人または団体が一つの物を共同で所有すること
② 複数の者が同一物の所有を量的に分有すること。
ということらしい。
本当に人間同士共有できるものってあるのだろうか?あるとしてもそれはとても少ないもののように感じる。たとえ仕事のことに関してでもだ。「仕事観」を持っている人もいればそうでない人もいる。そんな集団の中で「共有」できる事って何なんだろう。
でも、今世界では確かに「何か」を共有しなければいけない事態になっている。性悪説の僕でも、だ。