次の日の17時30分。コン、コン、コン、とノックの音が3回聞こえた。昨日と同じ様に現実感のない音だ。
玄関へ向かい、ドアを開けた。チアイがいた。昨日のように私の顔の高さでふわふわ浮かんでいる。今日もOLスタイルだ。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
お互いに挨拶を交わし、チアイを部屋に入れた。
「昨日はよく眠れた?」
チアイの質問に私は、
「久しぶりに途中覚醒がなかったよ。深く眠れた。」
と答えた。
「それはよかった。じゃあ、早速始めましょうか。」
「ああ、いいよ。今日は算数をするよ。本当は2学期に学習するところなんだ。東書の「式と計算」の第4時の設定にしてもいいかな。」
「了解。」
昨日と同じようにチアイが透明な棒を振ると、教室になり、子ども達が次々と現れた。
「こんにちは、いやもうこんばんは、だね。」
私は子ども達に話しかけた。そして、すぐ授業を始めた。
「今から○の数を数えてもらいます。いいかな。見せるよ。」
と言って私は、この図を見せて、パッと隠した。シンヤの様子を見ると、一生懸命2こずつ数えていた。
全員静かに手を挙げた。
「えー、みんなもう数えられたの?ちょっと早いんだけど。すごいな。」
「シンヤさん、何こあった?」
「12こです。」
「みんなもそうなの?」
「だって2こずつ数えたもん。」
とスズカ。
「マナさん、何こずつ数えたって言った?」
「2こずつ数えたって言いました。」
良かった。マナもちゃんと聞いてるぞ。それにしても最初にシンヤを指名したのは大きな冒険だったが、正解を言えて良かった。
私は、図を黒板に掲示して12個あることをみんなで確認した。
「僕は、4×3をしました。」
とタケルが言った。
「へぇ~。」
と私が言うとハジメが、
「僕は8+4をしました。」
と言った。2つの式を黒板に書き、
「なるほど。みんな答えは12個で同じだけど、やり方が違うみたいだな。」
と言って私はレンを指名した。
「レンさん、これとこれはどこが違うの?」
と2つの式を指しながら聞いた。レンはすかさず
「4×3はかけ算で、8+4はたし算です。」
と答えた。
ここは、授業の導入だからテンポ良くいきたいところだが、押さえるべきところは押さえないと。私は逸る気持ちを抑えながら、
「4×3を言葉にすると?」
と聞いた。するとシンヤ以外の子が挙手する。
「ようし、シンヤさん。今から言う友だちの言葉を後で再現してもらうよ。みんなは、シンヤさんが言いやすいように言葉を考えて。」
と言うと、ハジメが、
「僕言える!」
と言った。
指名してハジメが立った後、すかさず私は、
「今から誰が喋るの?」
と座っている子ども達に聞いた。聞くこと名人レベル1だ。みんなハッとして、ハジメの方に体を向けた。ハジメもみんなの方を向いた。
「4×3は、4このまとまりが3つです。」
と言った。
「よし、シンヤさん。再現してみて。」
「4×3は、4このまとまりが3つです。」
と答えた。
「聞き方名人レベル2ができてるね。」
と俺が言うと、シンヤが照れくさそうに笑った。みんなも、明るい表情だ。
「じゃあ、8+4だけど、実はこの中にもかけ算があるんだよ。」
と言うと、しばらくして、
「あ、分かる。」
「あっ、ほんとだ。」
とハジメとタケルが言った。タケルを指名すると
「8は4×2の答えです。」
と答えた。
「ああ、ほんとだ。たし算の中にもかけ算が隠れていることもあるんだね。」
「じゃあ4×3からいくか。このままじゃ4×3がよく分からないんだけど。4×3が見えるようにしてくれない?」
私は図を指し示しながら言った。思った通りスズカが手を挙げた。私は、
「スズカさんは、他の人の考え方が分かるんだね。じゃあ、途中までスズカさんに頼もう。他の人は続きができそうなら手を挙げるんだよ。」
と言った。スズカは次のようにした。
「あっ。続きできる。」
とみんなが言った。
「マナさん、指で続きをしてくれる。」
と言うと、マナはすぐに前に出てきて指でなぞった。
私はマナが指でなぞったところをマジックで書いた。
「囲むと分かりやすいな。」
とハジメが言った。
「囲むと何が分かりやすいの。」
とハジメに問い返すと、
「同じ数のまとまりです。」
すかさずハジメが答える。こちらもすかさずみんなに、
「今、ハジメさんは何て言った?」
「同じ数のまとまりです。」
みんなが口々に言った。
「そうだね。囲むと同じ数のまとまりが見やすくなるよね。」
「先生、まだ別の囲み方があります。」
タケルがそう言ったので、前に出てなぞるように言った。
「なるほどね。」
と言うとタケルが、
「先生、これはハジメさんが言った式の囲み方です。」
と言った。
「あーそうかそうか。なるほどね。」
「先生、言いたい。気づいたことがあります。」
「おっ、『たい』を見つけたぞ。どうぞ。」
スズカが言った。
「最初の囲み方は同じ形が3つあるけど、ハジメさんの囲み方は数も形も違います。でも8このところに横線を引くとタケルさんのと同じ形になります。」
「さっきハジメさんは8の中に何があるって言ってたっけ。レンさん。」
「4×2です。」
「つまり横線を引くとさっきの囲み方と同じだって言いたいの?」
スズカが頷いた。
「確かにそうなってるね。じゃあハジメさんが言った8+4という式を変身させられるかな。」
レンが手を挙げた。
「4×2+4です。」
「なるほど、さっきレンさんが言った4×2に4を足したわけだ。つまり、スズカさんは、4×3と4×2+4は同じだって言いたいのかな?」
「だって3年生の時に勉強しました。4×3=4×2+4だって。」
「おっ、よく覚えていたね。みんなも覚えている?」
「今思い出した。」
とタケルが言った。
「ところで、スズカさん、最初に2こずつ数えたって言ったけど、これも2このまとまりってことかい?」
スズカが頷いた。
「シンヤさんも?」
と聞くと、シンヤも力強く頷いた。
「ふーん、じゃあ君達は、同じ数のまとまりを見つけて数えたってわけだ。」
みんなが頷いた。
「じゃあ、次の問題にいくよ。これは何個?」
また同じようにパッと次の図形を見せ、ゆっくり隠した。
「えー、もう1回見せて!」
とみんなが口々に言うので、もう1度ゆっくり見せた。
「これ、1,2,3,4・・・って数える?」
「ううん。」
「さっきの考え方、使えそう?」
「うん。」
「じゃあ、今日はただ数えるんじゃなくて、どうするんだ?」
「同じ数のまとまりを使う。」
「何て書こうかな。●の求め方を・・・」
「同じ数のまとまりを使って!」
とハジメが言うと、
「1つの式に表そう!」
とタケルが言った。
「すごいな。先生は最初しか言ってないぞ。うん。じゃあそういう課題にしようか。」
みんな黙ってノートに書いている。その間に私はドット図を掲示する。シンヤが書き終わるのを確認して、
「先生にはもうまとまりが見えたな。」
と、挑発すると、
「あー、僕にも見えた。」
とタケルが言った。
「じゃあ聞くよ。できるっていう人、できるだろうなって思う人、うーん難しいっていう人で聞くよ。できる人。」
4人が挙手した。
「できるだろうなっていう人」
1人挙手。マナだ。
「うーん難しいっていう人。」
1人挙手。シンヤだ。
「これで全員手を挙げました。全員手を挙げるって大事なことなんだよ。ごまかしたりしてないんだから。だから、シンヤさんが難しいって手を挙げることは素晴らしいことなんだ。」
「さあ、みんなどうする?シンヤさんがはてなの家に入ってるぞ。」
「ヒントを出せばいい。ちょっとだけ。」
「なるほど。ちょっとだけっていうのがいいな。」
「じゃあ誰からでもいいよ。」
「4このまとまりが見えます。」
ハジメが自ら立って発言した。ハジメは、その態度で授業をリードしつつあるな。その後みんなはシンヤを見た。シンヤはうーんと困った表情だ。
「先生、前に出ていいですか。」
スズカが言った。
「どうぞ。」
「ハジメさんが言った4こは、こことこことこことここです。」
と指でなぞった。
シンヤを見るとはーん、と納得した表情をしている。
「シンヤさん、できそう?」
と聞くと、
「できるかもしれない。」
と言った。しかしシンヤはまだ4このまとまりしか見えていない。ちょっと仕掛けるか。
「すごいな。みんなの発言や応援のおかげで、シンヤさん、はてなの家を出られそうだぞ。」
「じゃあ、スズカさんの言ったところを囲むよ。」
と言い、4このまとまりをマジックで囲んだ。そして
「あっ、ここにもあった。」
と言い、3このまとまりのところをゆっくり囲もうとしたら、すかさずみんなが、
「先生、そこはちがう!」
「そこは4こじゃなくて3こ!」
「えっ、違うの?何個のまとまりだって?もう1回言ってよ。」
全員が挙手した。マナを指名すると、
「3このまとまりです。それに、3このまとまりも他にもあります。」
と言った。
「そうかー。3このまとまりもあるのか。どう?シンヤさん、できそうかな。」
シンヤは、うんと頷いた。
「さあ、みんなどうしたい?」
「先生、これがかいてあるプリントが欲しいです。」
「分かったよ。」
と言って、ドット図が書いてある紙を1枚ずつ配った。
「何分ほしい?」
と聞くと、5分、10分などがでたので、
「自分達で決めなさい。20秒で。」
と言った。
子ども達はああだこうだ言いながら、20秒後に、
「5分下さい。」
と言った。それから、
「1つできたら、他のやり方でやっていいですか。」
とハジメが言ったので、逆に
「どう思う?」
と返したら、ちょっと困った顔をして、
「いいと思います。」
と答えた。そう。よく言ったぞ。ハジメ。それが自己決定だ。
「それでは始め。」
子ども達が問題を解いている間私は前にいて、何を書いているのかを確かめなかった。普段は机間支援と言って、問題を解いている子ども達の様子を見るのだが、今日は全員問題解決の見通しを持っていたからだ。シンヤに対してだけ、問題に取り組むことができているか見ていた。さっきスズカが提示したやり方に取り組んでいた。
「はい。おしまい。鉛筆を置いて。」
「先生、もう少し時間を下さい。」
とみんなが言うので、
「いや、君達が5分って言ったんだからもう終わりだ。自分達が言ったことに責任を持ちなさい。」
と言った。
「何から話したい?」
「式を言いたいです。」
「みんなはそれでいい?それじゃ式を言って下さい。」
全員挙手だ。シンヤを指名した。
「4×4+3×3=25です。」
「他にもあります。」
「ちょっと待って。これは書いていいの?一応まだ正解かどうか分からないけど書いておくね。」
次にマナを指名した。スズカは我慢しているようだった。
「3×8+1=25です。」
「なるほど。これも書いておくよ。」
と言いながら黒板に式を書いた。
「あとは?もうない?はい、スズカさん。」
「3×7+4=25です。」
「先生、俺の式長いよ。」
とタケルが言った。
「ほう。それは楽しみだ。どうぞ。」
「1+3×2+7+5×2+1=25です。」
「確かに長いね。面白そうだな。」
「じゃあみんなに聞くね。4通りの式が出たけど、自分の書いた式じゃないものがある人。」
全員が挙手した。
「じゃあ、今からその式を解読してごらん。」
と言うと、
「えー。分からないよ。特にタケルさんの式。」
とか、
「全部分かるよ。」
とかいろいろ言い始めた。しかし、レンが、
「先生、図をください。」
と言うと、みんなも気を取り直し、僕も私も図をくださいという状態なった。黙って図を配り、みんなに確かめた。
「最初の問題で、どうすると分かりやすいって言っていたっけ?マナさん。」
と聞くと、マナは固まってしまった。すると、ハジメが、
「マナ、さっき俺が言ったこと言えばいいよ。」
と助け船を出した。その励ましを受けてマナは、
「囲む、だと思います。」
と言った。よし、もう一押しだ。私は、
「『思います』って言ったよね。『絶対』、じゃないのかな。」
マナは、ますます固まる。今度はタケルが、
「マナ、『思います』を使わなきゃいいんだ。」
とアドバイスした。タケルも昨日から随分伸びてきたな。そしてマナは、
「囲む、です。」
と言うことができた。よし、マナ。よく言った。みんなにも確かめた。
「囲むと分かりやすいんだね、絶対に。」
みんな、うん、と力強く頷いた。
「じゃあ、やってごらん。」
みんな黙って式を見ながら、図にいろいろ書き込んでいる。私は、シンヤのところへそっと行き、
「自分の書いた式でやってごらん。」
と言った。シンヤは、納得して作業に取り組んだ。シンヤは、彼なりに一生懸命授業に参加している。
もう1枚欲しいという子にもいたので、
「1つだけじゃ物足りない人はどんどん取りに来なさい。」
と指示した。
「そろそろいいかな。1つは解読できたよっていう人。」
と聞くと、全員が挙手した。
「じゃあ最初に話す人だけ先生が決めるね。シンヤさん。どうぞ。」
といい、私は黒板の隅に行った。シンヤは、前に出て、
「ここに4このまとまりがあります。そしてここに3このまとまりがあります。」
と言った。
「シンヤ、3このまとまりをマジックで囲んだらどう?先生いいですか?」
とスズカ。
「勿論。」
と私。シンヤが赤いマジックで囲もうとした時にレンが、
「シンヤ、色を変えたら。」
と言った。シンヤは、納得して黒いマジックで3このまとまりを囲んだ。
「解決した?シンヤさんはどの式を解決したの?マナさん。」
「4×4+3×3です。」
みんなは頷いた。私は最小限の言葉だけ言うつもりだ。しかし、このままみんな黙っていたので、
「続けて。」
と言った。しばらくみんな黙っていたが私も知らん顔をしていた。さあ、誰が手を挙げるかな、と思っていたらハジメが手を挙げた。しかし私は、マジックで囲もうとして前に出て来たハジメを制し、
「ハジメさん、あなたがやろうとしていることを、まず言葉で言ってくれないかな。」
そしてハジメに、小さな声で、
「みんなにも考えてもらいたいんだ。」
と言った。ハジメは、「分かった。」という顔をして、言った。
「3このまとまりが8つとあまりが1つあります。」
「ふーん、あまりかぁ。おもしろい囲み方になりそうだぞ。」
と言ったら、「できる、できる」とシンヤ以外挙手したので、
「それじゃあペアになって説明してみて。起立。説明が終わったら座って下さい。」
と指示した。おのおのが図を指し示しながら一生懸命説明している。全員が座ったので、
「じゃあ、ハジメさん、お願い。」
と言ってハジメに囲ませた。
「どうだった。これで納得したかな。」
と言うと、スズカが、挙手して、
「3は3でも三角みたいな3と横に並んでいる3があります。」
と言った。
「えっ、何だって。」
と聞くと、スズカが、
「先生、レベル2だね。」
と言った。いいぞ、スズカ。エンジンがかかってきたな。さあ、誰に当てようか。ここは、マナかシンヤだな。
「今、当てられたら困る人。」
と尋ねると、手をぴんと伸ばして、マナとシンヤが挙手した。
「はい、じゃあマナさん。」
と言うと、マナは困った顔をした。
「当てられたら困る人って聞いただけだぞ。当てないとは言ってない。頑張れ。」
マナはほんとに困った顔をして、
「三角みたいな3と・・・。」
と言って、途中で言葉に詰まってしまった。
「途中まで言えたじゃないか、マナさん。それでいいんだよ。大丈夫。あとは友達がつなげてくれるから。」
とマナと他の子ども達を見て言うと、みんなが、
「つなげます。」
と言って挙手した。レンを指名して、スズカが発言した言葉を再現することができた。