私は、黒板に「創る」と書いた。
「先生は、授業は『創る』ものだと思っています。「つくる」って他にも漢字があるよね。この『創る』は、どういう意味を持っていると思う?分からない人はすぐ漢字辞典を出す!」
みんなは急いで漢字辞典を開いて調べ始めた。
しばらくしてタケルが
「あった!」
と言った。
続けて他の子ども達も見つけていった。シンヤには『創』を見つけられるように少し支援をした。
「①に書いてあることを読んでごらん。せーの。」
「傷をつける。」
みんな何となく自信がなさそうな読み方だ。
「ちょっと待って。みんなは学校に何しに来てるの?」
「勉強です。」
と口々に答えたので、一人一人に改めて確認した。
「そうだよね。」
私は黒板に「勉強」と書いた。
「この漢字の中には『強い』という言葉が入っています。でも今の君達の声は何?あれは勉強しに来ている人の声ですか。あれじゃあ『強い』じゃなくて『弱い』だ。つまり『勉弱』だよ。もう1回。勉強しに来ていることを忘れないで。さんはい。」
「傷をつける。」
「そう。みんな立派な声だったぞ。」
「さあ、ここから考えるところだ。『創る』って『傷をつける』っていう意味なんだって。変な感じしないか。」
「木か何かを使って・・・」
とタケルが座ったまま喋ったので、
「タケルさん、座ったままだったらただの独り言になっちゃうぞ。」
あわててタケルが手を挙げた。
他の子も手を挙げた。
「じゃあ、タケルさんから。続けて言ってみて。先生が『続けて』と言った時は、今頭の中にある言葉をそのまま言えばいいからね。タケルさん、どうぞ。」
「僕は、『創る』って例えば木と木を組み合わせて椅子にする、とかそんな風に思っていました。」
「『例えば』っていう言い方が分かりやすかったぞ。はい続けて。」
スズカが立った。
「私は、いろいろな材料を使って料理を『つくる』ことだと思います。」
次にハジメが、
「船を『つくる』に使う漢字だと思います。」
最後にレンが、
「本を『つくる』だと思います。」
「なるほど。でも『傷をつける。』っていうのとはちょっと違う感じがしないか。」
子ども達は考え込んでいる。
「マナさん、なるほど、って思った意見はありますか。」
と私が聞くと、マナは、えっ、という顔をしてから考えて
「レンさんの意見がなるほどと思いました。」
と答えた。こうやって発言しない子が「お客さん」にならないようにするのが私のやり方だ。それにしてもレンの意見か。いいとこついてるぞ、マナ。
「マナさんは、なぜレンさんの意見になるほどと思ったの。」
「うーん。何となく。」
「みんなはどう思う?レンさんの意見ってなるほどなー、って思うかな。」
すぐにタケルが、
「みんなの意見と同じだと思います。椅子とか料理とか船と同じで、何か材料になるものを使って作るからです。本は紙を材料にしています。」
「タケルさんはさっきから発言の仕方が上手いね。~からです。って言うと分かりやすいよな。」
「シンヤさん、タケルさんは本を何で作るって言った?」
自信ありげにシンヤは、
「紙です、」
と答えた。
「よく聞いていたね。いい耳だ。」
私は何とかシンヤを授業に巻き込もうとしていた。
スズカが手を挙げた。
「先生、でも本って最初どんな本にするかアイディアがいるんじゃないかなあ。」
「なるほど。面白いな。」
「先生にも言わせてね。先生が『傷をつける』という言葉で連想したのは、版画です。何も書いてない1枚の板に彫刻刀で彫っていく。つまり傷をつけることで一つの作品にするというのを思い浮かべました。」
「②もあるね。読んでみようか。さんはい。」
「はじめ。はじめてつくる。」
「そうだね。実はみんなの発言の中に『創』の漢字を使うのがあるんだ。それは、・・・」
「本!」
とスズカが言った。
「そう。本は、何もないところから新しくこしらえるでしょ。椅子なら木と釘があれば何とか作れるでしょ。本は紙があっても中身がないと創れない。さっきスズカさんが言ったように、本を創る時はアイディアを出すところから始めるよね。だからこの漢字を使います。スズカさんが言っていたことは正解だったんだ。」
「椅子と料理は『作る』、船は『造る』を使います。なぜかな?って思った人は、今日自分で調べるといいよ。」
「そこで、授業だ。先生は授業は『創る』ものだと思っているってさっき言ったよね。どういうことだと思う?1つ目と2つ目の図を見ながら考えてごらん。」
みんな難しい顔をしている。そうだよな。難しいよな。
「さっき、1つ目も2つ目も大事だとレンさんは言っていたし、それにはみんなも賛成していた。先生も賛成だ。でも『創る』ってなった場合、どちらがより『創る』ことになるかというと、2つ目の方だと先生は思うんだ。だって、みんなは、まだこのクラスになってまだ30分だ。何の人間関係もない。人間関係って言うのは授業に関係したことで言うと、例えば友だちに声をかけるとか意見を言い合うとかのことだよ。何もないところから「はじめてつくるもの」、それが授業だと先生は思っています。だけど、さっきのボールを使った勉強で、ちょびっとだけ人間関係が生まれた。つまり、『自己決定』と『合う』が生まれたんだ。それをさらに鍛えていくことが授業を『創る』ことだと先生は思っています。だから1つ目も2つ目も大事だけど、2つ目の方を意識して授業をしたいなって先生は思っています。」 今黒板には、「自己決定」「合う」「豊か」「勉強」「創る」の5つの言葉が書かれている。
「もう2つ言葉を書くぞ。先生は最初みんなにある魚の名前のついた言葉を言いました。それは何でしょう。」
子ども達はぽかんとしている。
「じゃあもう1回言うよ。みんなは、どんな授業にしたいと思ってる?って聞いたんだ。」
「あっ」
と言うタケル。
「ほんとだ。魚だ。」
と言うスズカ。
「ねー、先生。ヒント言っていい?」
とスズカが言ったので、「いいよ。」と言うとスズカは、
「えーと、2文字です。」
と言った。するとタケルが、
「骨が太いです。先生、さっき言った先生の言葉をもう1回言って下さい。」
と言ったので、ゆっくりと少し大げさに、さっきの言葉を繰り返した。
「みんなで言ってごらん。せーの。」
「たい!」
「正解。」
私は黒板に「たい」と書いた。
「この『たい』を見つけることも先生は大切にしています。例えば今、スズカさんとタケルさんは答えを言いたかっただろ?君達が言いたいって思えた時、先生は『たい』を見つけたことになるんだ。」
「さあ、例えば算数の授業だったら、どんな『たい』があるかな。」
するとすかさず、レンが、
「先生、みんなと話し合いたいです。」
と言ったので、
「ほうら、さっそく『たい』を見つけたぞ。『話し合いたい』か。いいね。みんなで話し合ってごらん。」
子ども達は自然に輪になっていろいろしゃべっている。意外なことにタケルが話を進めているようだ。それにしてもこの30分ほどでレンはのびたな。しばらくして、
「先生。言っていいですか。」
とタケルが言うので
「どうぞ。」
と答えると、みんなで順番に
「計算したい」「図をかきたい」「隣の人と相談したい」「他の数字でやってみたい」「言葉で説明したい」「前に出て説明したい」という言葉が出てきた。
私は、黒板に大きく「たい」と書いた。
「先生、またみんなの素敵なところを見つけたぞ。1つは全員が発言したこと。それからもう1つは輪になって話し合っていたこと。みんなで話し合っているな、って思ったよ。」
「さあ、実は、『自己決定』『合う』『豊か』『勉強』『創る』『~たい』、この6つを実現するためにとっても大事なことがあるんだ。今みんながしていることです。」
私は、少し間を置いて言った。
「それは『聞く』ということです。だって、『合う』ためには、そして2つ目の図を目指すなら話を聞かなきゃだめでしょ?」
「聞く力を鍛えれば、どんどんみんなが目指す授業に近づくと先生は思っています。」
「聞くこと名人への道は、実はレベル4まであります。レベル1はねー、今みんなできてるね。言うよ。レベル1は体で聞く、です。今は先生が話しているから先生の方におへそを向けて目で聞いてるね。これが体で聞くということです。じゃあ・・・スズカさん立ってくれる?今からスズカさんが発言するとします。みんなはどうするかな。」
スズカが立つと、みんなは一斉にスズカの方に体を向けた。スズカもみんなの方を向いた。
「ほら、こうなるでしょ。それからスズカさんは、みんなの方を向いたね。素晴らしいね。」
次々と指名し、聞き手はどう体を向けるか、話し手はどちらを向いて立つかを練習した。
「これがレベル1です。じゃあレベル2は何か。それは、再現できる、ということです。」
「例えば、今から先生が好きな食べ物を4つ言います。それを聞いて全部再現して下さい、とかね。」
「えー、無理だよ。そんなの。」
と言いつつもみんなが、
「先生、1回やってみたい。」
と言うので、
「じゃあいきます。先生の好きな食べ物は、うどん、そば、ラーメン、パスタです。」
「じゃあ聞くよ。先生が最初に言った食べ物はな~んだ。」
全員が挙手することが出来た。シンヤを指名した。
「うどんです。」
「正解。」
「じゃあ、4つ全部言える人。」
これも全員挙手だ。タケルを指名した。
「うどん、そば、ラーメン、パスタです。」
「正解です。これが聞くこと名人への道レベル2です。」
「先生、先生の好きな物の共通点を見つけたよ。」
とハジメが言った。
「ほう。そりゃすごい。ハジメさんが、先生の好きな食べ物の共通点を見つけたんだって。みんなは?」
「あっ。」
とレンが言った。
「ハジメさん、レンさんも見つけたらしいよ。言ってみて。」
「先生の好きな食べ物は、どれも麺類です。」
「ほんとだ。」
みんななるほど、という顔をしている。
「今、共通点を見つけたってハジメさんが言ったけど、これは勉強する上でとても大事なことなんだ。色々な考えが出たら、共通点はないかな?って考えると面白いことが分かる時があるよ。」
「先生、レベル3は何ですか?」
スズカが言った。
「レベル3が何か知りたい?今スズカさんがしたことだよ。」
えっ、私何かした?とスズカがつぶやいた。
「スズカさんは、先生に向かって聞いたでしょ?レベル3は何?って。」
みんな、うんうんと頷いている。
「みんなも気になったでしょ。そういうとき、つまり話を一生懸命聞いている時には、質問したくなる時があるでしょ。質問したり、私はこう思うって意見を話したりしたくなるでしょ。聞くと話したくなる。これがレベル3です。」
「ここまでは、できそう?」
みんなうーん、できるだろうかというような顔をしている。
「今日だけじゃなく、てこれから君達がずっと頑張っていくことなんだよ。だから慌てずゆっくりやっていけばいい。忘れずに続けていけば、必ず聞く力がつくよ。」
「先生、レベル4は何ですか。」
「それは、今日は言わない。だってもう45分過ぎちゃったよ。先生、君達と授業するのは1回だけだって言ったのにもう1回やりたくなってきたな。みんなは?」
やりたいと、子ども達が言ってくれたので、チアイに
「もう1回やらせてもらえないかな?」
と言うと、それまで黙って見ていたチアイはしばらく考え込んでいたが、やがてにっこり微笑んで、
「了解。明日ここで。この時間に。もう1回授業をしましょう。」
と言ってくれた。
「じゃあ、そういうことで。これで今日の授業を終わります。」
すると、タケルがさっと、
「起立、礼、着席。」
と号令をかけてくれた。
チアイが1回棒を振るごとに、子ども達が消え、教室も消えた。それを見てやっと私は、あぁ、これは現実の世界の出来事ではなかったんだ、と改めて実感した。