hanami1294のブログ

現在休職中の小学校教員のつぶやきです(只今復職中)。

脱出できるだろうか

ボウイの「ライフ・オン・マーズ」のPVを観た。多分初めて観たと思う。いやあ凄いものを観たなあ。とにかく顔面から発するオーラが凄まじい。少しだけ見せてくれる立ち居振る舞いのオーラも凄い。要するに「只事ではない」モノを観せられている。このPVを観て僕は、イングリッド・バーグマンヴィヴィアン・リーグレース・ケリーオードリー・ヘプバーンを思い出した。言うまでもなく往年の偉大なる銀幕のスターだ。一時期ビデオを借りる時には必ず上に書いた誰かの作品を借りていたものだ。その時思ったのは、演技とかを超えて、存在感だけで映像が成り立っていることだ。つまりは顔が全て物語っているのだ。だから上の人たちの顔や振る舞いを観ていると、現代のアクターがちゃっちく見えてしまうので、あんまり観ないようにしているのだけど、ボウイもいよいよその域に入っているのに気づいた。

 

「ライフ・オン・マーズ」を観てからだったら、現代のPV観たって何とも思わないよ。チラッとも心は動かない。こういう風に感じるのは僕がある程度ボウイと共に生きていたからだろうか。今の少年少女に「ライフ・オン・マーズ」を見せても、ピンとこないのだろうか。実験してみたいところではある。「ライフ・オン・マーズ」の歌詞のわけの分からなさも気になる。こういう変てこりんな歌詞で大メジャーな曲はそうないだろう。当時リアルタイムで観た人達はこのPVをどう受け止めたのかも気になるところだ。僕はボウイの「その後」を知っているからこそすんなりと受け取ることができたのだろう。でもこれをいきなり初めて見せられた日には困惑にしても熱狂にしても大変なものだったろう。あれかな、やっぱり当時の少女達が一番熱狂したのかな。そう思うと少女達のアンテナは昔も今も侮れない。

 

 

というわけで、ビートルズの代わりと言っちゃあ何だが、デヴィッド・ボウイである。これくらいの人じゃないと、ビートルズの代わりは務まらない。果たして僕はビートルズから脱出できるだろうか?

 

お勧めのアルバムは・・・何だろう。オリジナル・アルバムは横に置いておいて考えてみよう。夜に聴くといいのは、死後リリースされた「ChangesNowBowie」でどうだろう。1997年1月8日のボウイの誕生日にBBCで放送されたラジオセッションの音源を収めた作品である。セッション自体は1996年11月にニューヨークで録音された。ほぼアコースティックなセットで、ゲイル・アン・ドーシー(ベース)、リーヴス・ガブリエル(ギター)など、当時のバンドメンバーが参加している。選曲は初期の作品が多いかな。「アラディン・セイン」「アンディ・ウォーホル」をやっているのが嬉しい。

 

まさに上昇気流に乗る直前のキラキラボウイを求めるなら「Original John Peel Session: 23rd May 1972」の後半をお勧めするな。現在アップルミュージックでは5曲しか収録されていないが、元々は2枚組だったように思う。前半は、「世界を売った男」までの曲、後半は「ハンキー・ドリー」「ジギー・スターダスト」の曲がこれでもかと収録されていた。調べたら僕はiPhoneに15曲取り込んでいた。「ハンキー・ドリー」から5曲、「ジギー・スターダスト」から8曲、そしてルー・リードというかヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「ウェイティング・フォー・ザ・マン」「ホワイトライト・ホワイトヒート」だ。生前に発表されたライブ盤には収録されていない「Kooks」「Five Years」「Lady Stardust」なんかは貴重だし、素晴らしい出来である。もちろん他のロックンロールナンバーも最高にかっこいい。最後は「Rock’ n’ Roll Suicide」だ。悪いはずがない。アップルミュージックで全曲復活させてほしいものである。

 

あと、曲単位になるのだが、このすぐ後のジギーの最終公演(1973年7月3日)を録音した「Ziggy Stardust and the Spiders from Mars(The Motion Picture)」から是非、という曲は「Wild Eyed Boy from Freecloud~All the Young Dudes~Oh! You Pretty Things」の必殺メドレー、「My Death」というジャック・ブレルのカヴァー、そしてやっぱり「Rock’ n’ Roll Suicide」である。勿論作品全体としても素晴らしい。

 

ああ、ボウイのお気に入りリストを作りたくなってきたな。ジギー以降もボウイは素晴らしいからな。

 

話は微妙に変わるが、昔々「ライブ・エイド」というのがあってね、それはそれは盛り上がったんだよ。それで、その中でだと思うんだけど、ボウイとミック・ジャガーのデュエット曲「ダンシング・イン・ザ・ストリート」が放映されました。それを観た時にはがっかりしたな。だってボウイはミックに負けてるんだもん。ああいう時のミックは、「オレがオレが」モードだから、絶対に譲らない。結果、ボウイのヴォーカルが弱々しく聴こえる。でもクイーンとやった「アンダー・プレッシャー」は良かった。ちゃんとボウイに対するリスペクトもありつつしっかりフレディ・マーキュリーも存在感を出していて、「うん、これは納得」の1曲だったな。

 

 

お気に入りリストを作るとしたら①「デビュー~ピンナップス」②「ダイヤモンドの犬~レッツ・ダンス」③「レッツ・ダンス以降」で作った方がよさそうだ。うーんそれでもかなり乱暴だ。②と③は2枚組になりそうだ。これならオールタイムベストの方がいいかもしれない。考えてみようかな。でも②のリストを作るなら、最初は「レッツ・ダンス」「チャイナ・ガール」「モダン・ラブ」の3連チャンで決まりだな。この3曲はどうやっても盛り上がりますな。

 

今日はこれくらいにしておこう。そういえばストーンズの「タトゥー・ユー」(スーパー・デラックス)が出たな。これは体力勝負になりそうだ。にしても、何でも「スーパー」ってつけないでほしいものである。

 

 

今日の朝食は加島屋の鮭茶漬けにした。激ウマだった。もっとたくさん注文すればよかった。あっという間に食べちゃいそうだ。

 

 

 

秋眠日記

いつもとは違う、大きな買い物をする時には、ビビる僕である。思い返せばエレキギターを妻に公表したのは購入して半月後だった。昨日も書いたが、そんな僕が車を買おうとしている。これはさすがに隠し通すことはできない。昨日の朝に「車が欲しいこと」と「フィアット500」が欲しいことをおずおずと伝えたところ、「いいけど、お金は?」と聞かれたのでこれこれこうするつもり、と言ったら了解してくれた。どんだけ恐妻家なんだ・・・

 

昨日は帰ってから車屋さんに行って、希望に合う車を見繕ってもらった。妻が家から帰るとテーブルに置いてある写真を見つけ、「あれ?もう見つけたん?」と聞かれたので、「うん・・・見つけたのはいいんだけど・・・」と少々足が出るんだよ、という話をした。妻は「分かったよ。しょうがないね」と言ってくれたので僕としては「よっしゃー!」だった。

 

その後も妻は僕の持ってきた写真をまじまじと眺め、「ウチにこんな可愛いコが来るんだねぇ」と言ったり、サイトを見て、「ほら、内装が可愛いよ」と言って見せてくれたりした。すっかり乗り気だ。←妻は車には一家言持っているのだ。昔は「NAVI」という車の雑誌を毎月買っていた。だからこそ、喜ぶ妻の姿を見て僕は嬉しかった。

 

というわけで、僕は朝イチで車屋さんに電話をした。いやあ、車購入事案が2日で動き出したよ。嬉しい。今もうすでに気持ちが盛り上がっているので、めでたしめでたしだ。と思っていたら、再び車屋さんから電話が来た。「あのー内装なんですけど、シートが赤いんですが・・・」「ああ、そうですね。ネットで観て確認しました。OKです」「それともう一つ、車体に小さな傷が付いているんですけど・・・」「それも昨日頂いた資料で確認済みです。大丈夫です」「分かりました。ではこちらも動きますね」と言われた。それからの授業のテンションは高かったなあ。

 

 

 

車の話題はこれくらいにして、ビートルズの話をしようか。おい、またかよ、という声がそこかしこから聞こえるがここはひとつ聞こえないふりをして話を続けよう。

 

家に帰ってからは「レット・イット・ビー」スーパー・デラックスのアウトテイクやリハーサルの音源を聴いてばかりの今週だったが、JUNさんは、僕のブログを読んでお腹いっぱいになったらしい。僕もおんなじだ。もうお腹いっぱいだ。そう思って、最近紹介されたブライアン・セッツァーの新譜を聴いてみた。そしたら結構いいじゃない、まるでベンジーだよ、という出来だったのでそのまま聴いていたが、結局気がついたら「レット・イット・ビー」「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」、そしてアルバム「アビイ・ロード」を聴いている。とにかく最終版の正式に発売された音源を聴きたい。

 

前にも書いたけど、違うんだよなぁ。ビートルズは。もう他のアーティストと比べると圧倒的過ぎて。ブライアン・セッツァーも可哀そうに。この時期じゃなければよく聴くアルバムリストに入ったかもしれないのに。これからは「ホワイトアルバム」から遡ってビートルズを聴いてみようかと思っている。

 

 

 

続いての話題は、意外にもグレン・グールドだ。これは今日アップルミュージックから紹介された。最初はタイトルが「Uninvited Guests」でジャンルが「エレクトロニック」だったから、ニセモノか?と思った。「招かれざる客」?「エレクトロニック」?僕が「違うグールドじゃない?」と疑っても仕方がないことだと思う。でも違った。本物のグールドの音が鳴っていた。ただしヒップホップ・ビートにのって。つまり、グレン・グールドの作品を素材にしていろいろなアーティストがリミックスしているという神をも畏れぬ行為だった。そんなことしていいのか?

 

しかしグレン・グールド名義だし、ジャケットにも加工されたグールドの写真が載せられている。調べてみると2020年にリリースされていた。グールド生誕88年記念作らしい。それにしても、それにしてもだ。ビートルズを他の人が触るのとはわけが違うぞ、と思いながら聴いているが、グールドだとすぐ分かるピアノはさすがだよ。でもこれを聴いている人は途中で必ず「ゴルドベルク変奏曲」なり、自分のお気に入りのグールド作品をすぐにでも聴きたくなると思うな。僕も今グールドのブラームスを聴いている。(「インテルメッツォ」だっけ?)

 

 

今日の授業は3戦2勝1分けだった。週末なのによく頑張ったと言えよう。あー、土曜日日曜日と2日休める。まぁプライベートは忙しくなりそうだけど。

 

 

 

51年目の「レット・イット・ビー」 その2

例によって、カタログ本「レコード・コレクターズ」を買ってしまった。もちろんザ・ビートルズの「レット・イット・ビー」が大々的に特集されていたからである。しかし、この数日「レット・イット・ビー」を聴いていて正直疲れた。ディスク1のオリジナル盤のリミックスを聴かないで、ディスク2のアウトテイク集、ディスク3のリハーサル集を聴いてきたからだろうか。とにかく会話は要らないから、バシッと曲だけ聴かせてくれと思った。

 

レコード・コレクターズ」は貴重な資料となるだろうが、読み物としては文字数が多すぎて、だんだんわけが分からなくなってくる。レコーディング時の複雑な背景、今回スーパー・デラックスが発表されることになった経緯、各ディスクの説明・・・。別に仕事のために聴いているんじゃないからな、と思ってしまう。

 

もちろん1曲1曲についての説明もあるわけで、僕には「答え合わせ」をしているように感じてしまった。ブログの前々回で書いた僕の感想がほんとに的を得たものかどうか?ついついそんな姿勢で読んでいる自分に気づく。それにしてもさすが、プロは違うね。それで飯食ってるんだから当然だけど、同じ素材で自分が書いた文章と比べると随分テクニカルなことも書かれているし、その曲の背景も書かれている。比べることができていい勉強になった。

 

 

 

3枚目のディスクレビューはこんな感じになった。(←「レコード・コレクターズ」を読む前に書いたもの)

 

1「All Things Must Pass」(Rehearsals)・・・リンゴとジョージが「ハッピーニューイヤー」と挨拶を交わしているのを聞くだけで安心する。その後ジョージだと思うがこの曲の説明をしながら演奏する。後のソロアルバムのタイトル曲にもなる作品だ。「アンソロジー」にも入っていたっけ?

 

3「Gimme Some Truth」(Rehearsal)・・・こちらも後のソロに収録される曲。ポールがハモりというか参加してくる。こういうのはもう反射的なものなのだろう。

 

4「I Me Mine」(Rehearsal)・・・ジョージが真面目に歌っているのに、ポールが入ってくるのがうざい。もう少し練習したら「録音してみようか」とポールは言うかもしれない。

 

5「She Came In Through The Bathroom Window」(Rehearsal)・・・ここからは「アビイロード」収録曲のリハーサルやジャムが続く。ビートルズは、早い段階でリハーサルに取り掛かり、時間をかけて完成させていくのだなあ、と改めて思う。この曲の骨格はもう完成している。ポールの曲に対してジョン(かな?)がハモる。ほんとに絡みたがる人たちだ。ポールは途中でやめてメンバーに説明をして、それから再び歌い出す。

 

6「Polythene Pam」(Rehearsal)・・・(多分)ジョンが曲の説明をしているのだろう。その後、アコギで歌い出す。バックに(多分)ジョージのアコギ。ほんとにこれだけしか出来ていなかったんだな。「アビイロード」でちゃんと作品にしたポールもすごいな。

 

7「Octopaus’s Garden」(Rehearsal)・・・ピアノをバックにリンゴが歌う。いつものリンゴ節だ。最初のバースまで出来ているようだ。その後の展開をポールが探っているっぽい。そしてアコギでまた少し演奏している。この間メンバーの会話が和やかだ。リンゴの曲はほんとうにみんなを和やかにさせていたようだ。

 

8「Oh! Darling」(Jam)・・・アビイロードからの4曲目だ。まあまだお遊び段階だ。でも「ジャム」という割には少し真剣さがあるな。曲としてどう転がっていくかを探っているものと思われる。ドラムは結構熱いぞ。ジョンがポールとハモっているのが嬉しい。終わりそうだが終わらない。ポールはしつこくこの曲の可能性を探っている。それでも終わらない。確かに「ジャム」だ。ポールはやってて楽しいだろうなあ。

 

9「Get Back」(taku8)・・・テイク8だというのに、もうこの完成度か、と驚く。ギターソロもほぼスタジオ盤と同じだ。ビリー・プレストンのキーボードもちゃんと入っている。ドラムもあのリズムだ。でもやはりやり込み度数がビートルズとしては足りないんだろう。続けてはいるが途中で投げているのがよく分かる。それで何となくフェイドアウトしちゃった。スタジオから何かサジェスチョンがあって終わり。

 

10「The Walk」(Jam)・・・あっという間に終わっちゃった。遊んでいる感じの方の演奏がしっかりしている。次の曲と同様ビリー・プレストンとのセッションぽい。

 

11「Without A Song」(Jam)・・・ビートルズにしてはブルースっぽい。お遊びにしても珍しいのではないか?ピアノは誰だろう。誰が歌っているんだろう。ポールはベースっぽいからピアノ、歌はビリー・プレストンかもしれない。笑いで何となく終わる。取り敢えず笑いで終わっているからいいか。

 

12「Something」(Rehearsal)・・・話し合いから始まる。「リハーサル」なんだから何となく始まって何となく終わっている。でもジョージ以外のメンバーはが考えながら演奏している。誰かが多分曲について何か喋っているところで終わる。

 

13「Let It Be」(take28)・・・テイク28ともなれば、もうこの曲を随分とバンドとしてもやり込んでいることになる。それがよく分かるテイクだ。安心して聴いていられる。でもちょっとウェットかな?という部分も後半ある。最終的にこの曲に「泣き」はいらないだろう、と判断したと思われる。

 

 

ディスク4は「グリン・ジョーンズ版ゲット・バック」らしいが1回聴いてやめた。これがいっちばん最初に発売されたとしたらビートルズは怒るだろうな、と思った。

 

 

「レット・イット・ビー」は、やはり映像で観てこそ楽しむことができる作品なのかな。どんなことを喋りながらレコーディングしていたのかも気になる。そして「ルーフトップ」の映像も遂にノーカットで流されるようだし。楽しみだなあ。映画「ゲット・バック」を観るまであんまり「レット・イット・ビー」は聴かないでおこう。

 

 

うーん、今日は今イチ心のキレがない。

 

最近は朝の出勤時は佐野元春でハッピーになれるように、退勤時はビーチ・ボーイズジョン・セバスチャンで楽しく帰れるように心がけている。

 

 

 

 

 

 

僕で何人目だろう? ~51年目の「レット・イット・ビー」~

みなさんに重大なお知らせがあります。昨日「加島屋」についてエラソーに力説しました。その際僕は「加島屋」のことを「カジマヤ」と表記しましたが、正確には「かしまや」でした。アメリカ在住の元新潟県民の方からすぐにご指摘を受け、こうしてお知らせしている次第であります。

 

何十年も家族全員で「かじまや」と言っていた自分にトホホ、です。仕事柄名前の呼び方には敏感なはずでしたが、こういう事態を招いてしまうとは。全国の「加島屋」ファンのみなさん、そして「加島屋」さん、ご不快な思いをさせて申し訳ありませんでした。

 

お詫びと言ってはちょっと嫌らしいですけれど、注文を我慢していた「鮭茶漬け」と「いかの塩辛」を早速注文させていただきます。(←ホントは嬉しい)

 

 

 

というわけで、今日の本題に入ります。

 

 

今日この時点で、ビートルズの「レット・イット・ビー」(スーパー・デラックス)について言及している人は全世界に何十万人いるのだろう?いや、何百万人かもしれない。僕もその末席を汚させてもらいます。(←こういう使い方でいいよね?)タイトルの「51年目の『レット・イット・ビー』」は松村雄策っぽくしてみました。

 

早速でなんだが、僕は実は「レット・イット・ビー・・・ネイキッド」(2003)は聴いているけど、オリジナルの「レット・イット・ビー」は聴いたことない。そういえば最近よく登場するJUNさんは、オリジナルの「レット・イット・ビー」の方がいいと言っていたな。そっからかい!と突っ込まれそうだが、そんな僕はこの音源を聴いてどう思うだろうか。

とにかくリハーサルの会話なども収録されているだろうから、そこでポールがエラソーにしていないこと、ジョンがハイになりすぎていないことを祈るばかりだ。

 

しかし、ビートルズものって2000年代に入る前から、ずぅ~っと続いてないか?なんだかんだ言って。これって凄いよな。これと11月上映の「ゲット・バック」がほぼ最後になるのかな。いや、きっとならないな。

 

今回は実験的にオリジナル「レット・イット・ビー」2021年リミックスヴァージョンをすっ飛ばして、2枚目の未発表ものから聴いてみることにした。それじゃあ、いってみよう!

 

1「Two Of Us」(take4)・・・最初っから失敗してるし、朝だからかちょっとのんびりムードが漂ってくる。途中でやめるか?と思わせつつ何とかやりきる。まあテイク4だからしゃーないか。

 

2「Maggie Mae/Fancy My Chance With You」・・・ふざけてる。アコギ1本で。途中で曲が変わるけど、ヴォーカルはちゃんとついてくる。仲良さそうだな。いい一日になりそうかな。

 

3「Can You Dig It ?」・・・延々イントロが続く。歌うのかな?それともただジャムっているだけ?と思ったら歌い始めた。どうもまだ調子が出ないみたいだ。特にリンゴは周りを窺いながらドラムを叩いているみたいで不安定だ。

 

5「For You Blue」(take4)・・・気合が入っているギターはジョージか?だったらスライドはジョンだろう。ジョージは真面目だから、ちゃんと歌っている。でも自分の曲をみんなでやる時には気を遣っただろうなあ。やっとバンドの調子が出て来たみたいだ。

 

6「Let It Be/Please Please Me/Let It Be」(take10)・・・「レット・イット・ビー」、もうほとんど完成してるじゃないか。ポールの声も出ているぞ。でももう少し歌い込まないと完成じゃない、って思っているんだろうな。本人たちは完成度60%くらいに思っているのかも。何テイクも重ねて、そのたびごとにアイディアも出して、不安定要素を確実に消していってビートルズは楽曲を完成させていったのだろう。それにしてもピアノで「プリーズ・プリーズ・ミー」か(鼻歌程度だが)。確かに「ゲット・バック」してるな。細かいけど「プリーズ、プリーズ・ミー」じゃなかったっけ?ウィキで調べてもカンマは入っていない。なぜだ?

 

7「I’ve Got A Feeling」(take10)・・・これも前曲「レット・イット・ビー」テイク10と同じようなところまで出来ている。ポールはちゃんとシャウトしている。ジョンは少しテンション低めだ。

 

8「Dig A Pony」(take14)・・・ジョンの声がいい。いつも僕が好んで使う「生々しい」声だ。演奏もタイトだ。と思ったら、2題目少しジョンのテンションが下がる。まだここは探っているようだ。サビになるとビシッと決めるんだけどね。ギターも探り気味だ。結構いい線まで来ていると思うが・・・。「次は『ゲット・バック』だよ」と言って終わる。

 

9「Get Back」(take19)・・・19回もやるかね、普通。ほんとにこういう姿勢はずっと変わらなかったんだなあ。気持ちいいよ、全く。やはり歌い込むだけ歌い込んで、演奏も完璧に馴染むまでOKは出さなかったんだろうな。最後はちょいおふざけが入る。よってボツになること決定テイクだ。

 

11「One After 909」(take3)・・・テイク3にはテイク3の良さがある。それは「勢い」と「新鮮さ」だ。テンポは完成ヴァージョンより遅いかな?お互い探り探りやっているのは伝わるが、やはりビートルズ面々がやる「探り合いテイク」は他のグループのそれとは全然違う。だからこそ、こんな音源が発表されるのだろうけど。

 

12「Don’t Let Me Down」(First Rooftop Performance)・・・やっぱり本気を出すとこんなに凄いんだ。屋根に上がっただけでこんだけ違うんだから、今までのテイクがどれだけ力が抜けていたかがよく分かったよ。ジョンのヴォーカル、気合入ってていいな。ビリー・プレストンのキーボードもいい。

 

13「The Long and Winding Road」(take19)・・・素晴らしい。美しい。世の中に出すべき音源である。そう思わせる歌い出しだ。頑張れ、ポール。このままのテンションで駆け抜けろ!ピアノがいいね。ポールが弾いてるんでしょ?僕はやはりストリングスなしヴァージョンの方が好きだ。フィル・スペクターが勝手にストリングスを入れて、ポールが激怒したのも分かる。最後まで歌いきってポールも満足の唸り声をあげている。

 

14「Wake Up Little Susie/I Me Mine」(take11)・・・「アイ・ミー・マイン」はまだヴォーカルを入れられない状態らしい。演奏も探り探りだ。テイク11なのに。頑張れ、ジョージ!

 

 

以上オリジナルヴァージョンを聴かないで上の文章を書いた。それはいいんだけど、僕はこの調子でこれからも1曲1曲について書くのだろうか。それはそれで面白いが。先週は清志郎、今週はビートルズか。土日のビーチ・ボーイズが可哀そうだが、後の楽しみにとっておこう。しかし、アウトテイクだけで2000字までいくというのは、さすがビートルズだとしか言いようがない。これがあと2枚と少し続くことになるのか。

 

 

 

 

秋の夜長にビーチ・ボーイズ

「カジマヤ」という響きを聞いて、ピンと来た貴方、貴方は相当食いしん坊か新潟県民ですね。それじゃあ「加島屋」はどうだろう?「ああ、あの・・・」という貴方。貴方の家にも食いしん坊か新潟県の方がいるはずです。

 

僕が初めて「加島屋」を知ったのは、高校3年か大学に入った頃だと記憶している。「ちょっと騙されたと思って食べてみろ」と姉に言われたのが初めてだった。僕は一口食べて、あまりの美味しさに頭がクラクラした。

 

もうそろそろ何を食べたか発表してもいいだろう。それは「鮭茶漬け」である。なんだ、そんなもんか、と思った貴方は損をしていますよ。「加島屋」の鮭茶漬けを食べる幸せを僕の数少ない読者にも是非味わってほしい。とか言いいながら僕もここ数年は食べてないなあ。

 

それでですね、ここが少年時代の僕のエライところなんだけど、何か閃くものがあったんですよ。微かだけど。何?今何が閃いた?と少年時代の僕は頭の中に潜り、いろいろ探ってみた。そして見つけた。見つけたのはロッキングオンという記事の海の中でだった。僕は「加島屋」という文字だけでロッキングオンに辿り着いた自分を褒めたよ。ロッキングンを1冊1冊チェックして「加島屋」という文字を探した。そして見つけた。その記事はロッキングオンを買い始めた頃の号に掲載されていた。「加島屋」という新潟のお店の鮭茶漬けは相当美味い。これはね、鮭の身を丁寧にほぐし、(多分)足で丹念に踏んで作り上げた逸品なのだよ。是非ご賞味あれ、という内容だったと記憶している。

 

記事を見つけた僕は狂喜し、姉にも見せた。姉も感心してくれた。あの当時のロッキングオンはこういう記事も掲載していたのだ。そういえば「渋谷陽一のもしもし編集室」(だっけ?)というマンガもあったな。ロッキングオンにものどかな時代があったのだ。

 

最近ふとそのことを思い出し、スマホで検索してみたらあったよ、加島屋。勿論現代なんだから通販もしている。僕は軽々しくポチっとしないように今踏ん張っているところだ。値段もそれなりだしね。クセになっちゃあいかんから、ここぞという時にとっておこうというわけだ。

 

今日はもう完全に松村雄策ペースだな。1000字以上書いちゃったよ。タイトルに偽りあり、と言われないように頑張るとするか。

 

 

というわけで、ビーチ・ボーイズである。何故今ビーチ・ボーイズかというと、僕にしては珍しく中山康樹著「ジョン・レノンから始まるロック名盤」を早くも読破し、その本でビーチ・ボーイズから2枚ものアルバムが取り上げられていて、その2枚に痛く感動したからだ。(←一文が長い)

 

それは、「サンフラワー」(1970)と「ラヴ・ユー」(1977)というアルバムだ。「サンフラワー」は12曲36分で「ラヴ・ユー」は14曲34分である。例によって僕はこの曲数と時間がとても気に入った。

 

 

僕のビーチ・ボーイズ歴は浅くて薄い。勿論「グッド・ヴァイブレーション」の素晴らしさはいつ聴いても僕をどこかに連れて行ってくれるし、「Wouldn’t Be Nice」だっていつ聴いてもウットリする。しかし後が続かない。一応「ベスト・オブ・ビーチ・ボーイズ」みたいなのは2枚ほど買ったよ。「ペット・サウンズ」も勿論買った。しかし僕にはビーチ・ボーイズという波はこなかった。当時の僕はバリバリの「ギザギザロック」派だったからな。しかしこの歳になってブライアン・ウィルソンの荒みっぷりも分かるようになったからかどうかは知らないが、彼らのサウンドが心に沁みるようになったことは事実だ。

 

そういえばブライアン・ウィルソンが長いブランクを打ち破り、リリースした初ソロアルバムはすぐに買ったな。調べたら1988年のことだった。音楽雑誌が大々的に取り上げていたので思わず購入した。このアルバムは少し無理して結構聴いた。勿論気に入りました。2004年には遂に37年の月日を経て「スマイル」を完成させている。その頃(2005年だと思う)僕は、東京出張の際にJUNさんと会い、ユーノスロードスターのカーステで、「スマイル」を聴かせてもらっている。あの時はピンとこなかった。今聴いたら楽しめるかもしれない。話は横道にそれるが、2005年から数年後にもう一度東京に出張で行き、JUNさん、もう一人のギターの3人で会った。居酒屋2軒で飲み食いした後、「スタジオに行こう!」って言われたのには驚いたな。「東京ではそんなことするんだ」と思ったものだ。そして秋葉原のスタジオに行ってセッションみたいなことをした。あれは楽しかった。

 

 

 

話を2枚のアルバムに戻そう。僕はまず、「ラヴ・ユー」の方から気に入った。チープな響きのシンセがなかなかよい。そして中山康樹はブライアンの声についてこう書いている。

 

「・・・次にブライアンの声が枯れ果て、ささくれ立ち、まるで別人のような声に変質していたことに衝撃を受ける・・・・『ラヴ・ユー』では、さらに荒廃が進んだように思われた。ドラッグに加え、暴飲暴食によって肥満し、アルコールと喫煙は、ブライアンのトレードマークともいうべき美声を奪い取っていた・・・」

 

そうか?そんなにひどくはないと思うぞ、と思うのは僕がギザギザロックに慣れているせいか、往年のビーチ・ボーイズの美声を知らないのか、あるいはどっちもなのかよく分からないが、今聴くととてもしっくりくる。

 

曲は、凄くいいのと、アイディア一発で作りましたあ、という曲が混在していると思われる。でもそれがいいんだよな。「サンフラワー」もそうだが、どちらのアルバムも「アルバムごと聴いてくれ」という強い意志が感じられる。だから僕は曲をとばしたりしないで1曲目から最後までアルバムごと聴いている。こんな聴き方をするのはいつ以来だろう。でもそういう迫力が2枚のアルバムから感じられる。不思議だ。

 

「サンフラワー」の方は1970年発表ということで、まだ60年代の匂いがする音ではある。つまりはエヴァーグリーンなサウンドがほのかに香っているということだ。コーラスワークも往年のものだと思われる。このアルバムの曲達も「アルバムとしての塊」感を持って僕に迫って来る。おそらく1曲の長さが短いのも関係しているかもしれない。次から次へと曲が進んでいく疾走感がいい(1曲目から飛ばしっぱなしだ)。

 

今だったら3分前後の曲にアイディアを詰め込んで潔く終わって次の曲にいく、なんてことは考えられない。5分くらいは引っ張るはずだ。その結果収録時間が長くなる。「サンフラワー」の方が「ラヴ・ユー」より後に気に入ったと書いたが、1曲1曲の出来は「サンフラワー」の方が遥かに良い、と思う。

 

そんなわけで、3回目くらいの挑戦で僕はビーチ・ボーイズの素晴らしさに気づくことができた、ということになるのかな。それにしても70年代を代表するアルバムとして2枚もビーチ・ボーイズが選ばれる(しかもかつては「なかったこと」にされたアルバム)のは何だか偏向していると思うぞ。本に載せるなら断然「サンフラワー」だろう。

 

今思い出したのだが、昔松村雄策は「イギリス人も狂っているが、実はアメリカ人の方がもっと狂っている」という話をビーチ・ボーイズの伝記を紹介しながら原稿に書いていたな。「アメリカ人の狂いっぷりってどんなんなんだ?」と怖くなったのを覚えている。

 

というわけでビーチ・ボーイズでした。ビーチ・ボーイズ、土曜日だったら一日中聴いていられるな。

 

 

 

それにつけてもビートルズの「レット・イット・ビー」(スーパー・デラックス)である。57曲、2時間45分である。どうしよう。

 

 

 

キヨシとオレ 最終回

家に帰ると、ヒサコはもう帰っていて、晩ご飯を作ってくれていた。

「おかえり。練習どうだった?」

「うん、バッチリだった」

「キヨシ君は?」

今日の出来事を話すと、うんうんと聞いていたヒサコが、

「それでチャボはどうなの?」

と尋ねてきた。もしかすると・・・。

「えっ、どういうこと?」

と言うとヒサコは、

「最近のチャボはとても楽しそうで、生き生きしているように見える」

「それは私も嬉しいんだけど、チャボはキヨシ君をどうサポートしていくつもりなの?」

やっぱりこの話題か。

「うん・・・。オレもそれは考えてるよ」

 

 

しばらく間を置いてオレは言った。

「オレは、ストーンズで言えば、ミックを支え、時に煽るキースのような存在でいるべきなんじゃないかなって思う。でもオレがキース?冗談じゃないよ、とも思う」

ああ、やっと話せた。そう、オレはどうあるべきかが最近の一番の悩みだったのだ。さすがヒサコだ。オレの気持ちなんかバレバレだ。

「何言ってるの、チャボ。なれるよ、キースに。なれるに決まってるじゃん。なんてったって私が見込んだ男よ、あなたは」

その晩は、具体的にオレがキースのようになるにはどうすればいいか、という話を二人で延々話し合った。

 

 

オレ達は「屋根裏」でライブをするようになっていた。

演奏もMCも絶好調。キヨシのボーカルは、ますますオーティス化されてきている。オレもオレなりにキヨシをサポートするためにどうすればいいかを日々模索している。「雨あがりの夜空」のリフも随分洗練されてきたし、髪を短く切った。最近では、キメのポーズも時々入れるようになった。

 

そんなある日、楽屋に知り合いの化粧品販売をしている女の子が来て、キヨシに喋りかけた。

「清志郞君、あたしにメイクさせてくれない?かっこよくなると思うんだけどなぁ」

「化粧?デビッド・ボウイみたいな?」

「うん、まかせてよ」

「じゃあ、ちょっと頼もうかな」

「ちょっと待っててね」

女の子は、大きなバッグから何やらいろいろな物を出している。

オレ達は何が始まるんだ、という風情を醸し出しながら様子を見ていた。メイクによってだんだんと顔の様子が変わってくるキヨシを見て、なるほど、これはステージ映えするかもしれないな、と思っているとキヨシが、

「もっと濃くしてくれよ。それと、目をもっとつり上げて。チークっていうの?それも濃いめに。」

「いやもっと」「えー、やり過ぎじゃない?」「いや、これくらいがちょうどいいんだよ」

などと言っているうちに・・・。凶暴な顔つきをしたキヨシが現れた。

 

そう。またしても「キヨシロー」が更新されたのだ。今度はキヨシ流マンガメイクだ。綺麗とか美しいとかじゃない、客を威嚇(キヨシ曰く「イカク」)するメイクが髪型と合わさって強烈なキャラクターを生み出している。

 

この顔でライブをやるのか。すごいことになりそうだな、と思っていたら、キヨシが、

「次はチャボだよ」

とぬかしやがる。何言ってんだよ。メイクなんてやってられっか。

「じゃあ、頼んだよ」

と女の子に言うと自分はすたすたとトイレに向かった。オレ達は顔を合わせ、どうする?とメンバーと相談したがやるしかないだろう、とあきらめて、女の子に身を委ねることにした。

 

 

ライブでの清志郞の動きやMCに大分慣れたオレでも、今日はぶったまげた。

「スローバラード」を演奏する前にも、キヨシが客を煽るMCをするんだが、今日はちょっと様子が違った。

 

例の調子でイントロに入る前に喋り出したキヨシは続けて、

「みんなに聞きたいことがあるんだ。」と言い出した。

そして、「愛し合ってるかい?」と客に聞いたのだ。

今まではキヨシの方が客を煽るばかりのMCだったが、初めて客に問いかける言葉を発したのだ。

 

しかもその言葉が「愛し合ってるかい?」だと?

客は、ゲラゲラ笑うヤツ、喜んで「イエー」と叫んでいるヤツ、苦笑しているヤツなど反応はさまざまだ。それでも清志郞は「愛し合ってるかい?」を執拗に繰り返す。最後には「愛し合ってるかい?」「イエー」というやりとりが成立した。見事な力技だ。そして無事「スローバラード」が始まった。

 

コンサートの最後は、「愛してまーす」というキヨシの言葉で終わった。

ほんとにいつもいつもびっくり箱な男だぜ。キヨシは。

 

 

ライブが終わって、落ち着いた頃、オレはキヨシに聞いた。

「『スローバラード』の前に言ってた『愛し合ってるかい?』だけど」

「うん。今日初めて言ったな。変だった?」

「うーん、正直びっくりした。キヨシが愛っていう言葉を使うのは」

「でもチャボ、オーティスも言ってるじゃん。」

「もしかしてあれか?モンタレーの時のMCか?」

「うん。あれそのまんまやっただけなんだぜ」

 

なるほど。オーティスか。確かに言ってた。オーティスは「We all love each other , right?」、そして「Let me hear you say YEAH!」だった。確かにそのまんまだ。オーティスの英語を見事に鷲掴みにして「愛し合ってるかい?」という日本語に変換したのは、いかにもキヨシらしいっちゃあらしい。いや、しかし、でも、待て。もしかしてここは大事なところなんじゃないか?オレ達が「愛し合ってるかい?」という言葉を使うのはOKなのか。そして客に「イエー!」って叫ばせるのはOKなのか?答えが出ないまま帰路についた。

 

その後のライブでもキヨシは「愛し合ってるかい?」を連呼した。それを聞いているうちに改めて気づいたことがある。オレは「愛」だの「好き」だのは、それこそニューミュージックのやつらが使う言葉だとどこかで思ってた。もっと言えばどこか女々しい言葉だと思っていた。だがキヨシがこの言葉を発するときには女々しくは聞こえない。堂々としている。愛って言って何が悪い?っていう風にオレには聞こえるようになっていった。髪型やメイクと違い、この「愛し合ってるかい?」が、オレの心の中にストンと落ちるのに一番時間のかかったことだった。そしてこの言葉は、ライブの定番になり、一番盛り上がる場面となっていった。

 

「屋根裏」4日連続ライブを終えて、今日は久保講堂ライブだ。しかもワンマンだぜ。それでもキヨシは落ち着いたものである。オレはソワソワしながら、最初に何て言うかを心の中で確かめていた。

 

 

開演のブザーが鳴った。キヨシが「キヨシロー」になった。

「チャボ、客のヤツらをブッ飛ばしてきてくれよ」

分かったよキヨシ。オレもやるよ。RCのみんなと、クボコーのヤツらをブッ飛ばしてやろうぜ。

 

                               (おしまい)

 

 

 

読んでくれた方、どうもありがとうございました。これでお話は終わります。改めて思ったんだけど、ちょこちょこ言葉を変えたところはあったけれど、文体ってものはなかなか意識しないと変えることはできないものですね。相当「今のままの文体じゃないもの」で書きたいって切望しなければ変わらないと思いました。だから今のところはこのままでいいかな?と思っております。でも添削ってきりがないですね。それで文章のスピード感を失うのも嫌だし。なかなか難しいものです。

 

しかしこんな文章はhanamiらしくなかったかな?まだ若干照れがある僕であった。

 

 

 

 

 

 

 

キヨシとオレ その④

レコーディングは無事終わった。歌詞を変更しろとぬかすヤツがいて揉めたりもしたが、とにもかくにも後はリリースを待つだけだ。

そして今日は、練習の日だ。スタジオに入ると、キヨシもいた。たまげたのはその髪型だ。ディップをベタベタ塗りつけて髪の毛が全部逆立っている。後ろの髪もだ。

 

「キヨシ、何だよ、その髪」

「どう?いかすだろ?」

うーん・・・。そうかなぁ。オレの心の中の声を聞いたのか、キヨシは

「この髪型で客をイカクするんだよ」

そう、いう、見方もあるか・・・

またしてもオレの心の中の声を聞いたのか、キヨシは

「チャボも髪型変えたら?」

ときたもんだ。パンクロックでもあれだけ髪を立てないぞ。でも見ているうちにこれが今の忌野清志郞的ヘアスタイルだと思えるようになるから不思議なもんだ。

 

この日はそれに加えてもう一つ驚いたことがあった。

キヨシがジャンプして踊りながら歌っているのである。つまりステージアクションを考えているのである。スタジオは狭いので動きは限られてしまうが、どうもミック・ジャガーを意識しているようだ。「ステップ」のオーティスのことを思い出した。やはりキヨシの動きは、英語表記のMick Jaggerではなくて、カタカナのミック・ジャガーなのだ。そしてそれは、やはり今の忌野清志郎的アクションになっているのを感じずにいられなかった。つまりは格好いいってことだ。

 

オレは、最近のキヨシの変化に言葉にならないものを感じていたが、今日はっきり言語化することができた。今あいつがやっていることは、マンガの実写版だ。きっとあいつは取り込みたいものを頭の中で(あるいは実際に紙に)、マンガにして描いているはずだ。一度マンガに置き換えて取り込み、それを現実の世界でやってみる、という作業をしているんじゃないだろうか。最初の頃、そのロックスターは、オーティスのように歌う。吹き出しには、「ガッタガッタ」とカタカナで書いてある。また、ロックスターの絵の横には、「忌野清志郎」ではなく「キヨシロー」と書いてあるに違いない。そして、「キヨシロー」の姿は最近更新されて、ミックのように飛び跳ねるマンガになって、髪の毛はツンツンに立っているはずだ。

 

いや、馬鹿にして言っているんじゃない。歌い方も髪型もステージアクションも全部マンガの中のロックスター、「キヨシロー」がやっていることなんだ。それをキヨシが実写化しているのだ。実写版で見ると最初は笑っちゃうかもしれない。だってこんなの見たことないんだもん。でも見れば見るほど格好よく見えてくる。思えばビートルズストーンズも最初は嘲笑されていたじゃないか。ホントに格好いいものは、最初は笑われる。そのあとに熱狂が来る。もしかしてこれは真理なんじゃないか?これは、これこそがキヨシが「売れる」ために考え出した「発明」なのだ。

 

オレは、キヨシの本気を感じた。やつはロックスター「キヨシロー」を作るために他から何かを「取り込む」決心をしたのだ。あれほどオリジナルに拘っていたキヨシが売れるために誰かの何かを取り込む、これは並大抵の気持ちではできないことだ。その結果がマンガ実写版で、しかも格好いいというところがキヨシらしい。「取り込む」というと、どうしても批評性が垣間見えたり、ある種の照れが出てきたりするものだ。それをキヨシは軽々と跳び越えてしまっている。これはすごいことになりそうだぞ。何かが起ころうとしているのをオレは練習しながら感じざるを得なかった。それにしても、あの内気なキヨシがこうなるとはなぁ。

 

 

・・・今日はこれか。なるほど。オレはもうちょっとやそっとのことでは驚かなくなっている。

 

「ウー、イエー、今日はこんなに集まってくれてどうもありがとう、感謝します。イエー!」

「ドシドシ熱いラブソングをお贈りするぜ。」

とかいろいろなMCを織り交ぜながら歌ってる。

「イエー、のってるか~い。」

などの陳腐な煽りでは、勿論ない。これは、ロックスター「キヨシロー」が客にお届けする大真面目なマンガMCなのだ。例によってセリフにはカタカナが多い。それに「感謝」っていう言葉遣いも新鮮でいい感じだ。

 

「雨あがりの夜空に」を演奏するときには、ドラムのコーちゃんに

「しばらくべードラの4つ打ちを続けててくれる?」

と言うと、ベードラにのせてキヨシはこんな風に喋り出す。

「ウー、イエー、今日はサイゴまでこんなに盛り上がってくれてドーモありがとう、感謝します、イエー。じゃあサイゴに、ウー、雨あがりの夜空に」としゃべって、オレに目で合図をした。

 

オレはあわてて「雨あがりの夜空に」のイントロを弾き始めたが、心の中ではやっぱり今日も驚きの日だったな、と思いながら演奏していた。演奏が終わると、キヨシはもう1回やろうと言い出した。オレ達に異存はなかった。RCは練習好きなバンドなのだ。そしてやればやるほど演奏がタイトになっていく。

 

コーちゃんの4つ打ちが始まり、キヨシがしゃべり出した。俺がタイミングを図っていると「雨上がりの夜空に、オッケー、チャボ!アー!」と入れてきた。さっきより慌ててイントロを弾き出したが、タイミングがどうもオレの中ではピタっとこなかったので、演奏をストップしてもらった。いつもはほとんど曲の最初から最後まで演奏するバンドだから申し訳ない気持ちで一杯だったが、

「キヨシ、悪いけどもう1回やってくれる?」

と頼んだ。

 

今度は上手くいった。うん、この感じだ。いいぞ。キヨシも他のメンバーも納得の表情をしている。しかし、最後に「オッケー、チャボ!」か。あいつの反射神経はどんどん研ぎ澄まされていっている。いや、昔からコンサートでは客を罵倒してたから、これくらいどうってことないのかな。このMCも家で研究してきたに違いない。どうリズムにのせるか、アクセントはどこにつけるか夜中に考え練習してきたのだ。ついにはMCまでカタカナに聞こえるようになった。歌の方は「ガッタガッタ感じる」など、これまたカタカナに聞こえる部分が増えた日だった。

 

 

 

                                      (続く)

 

 

 

キヨシとオレ その③

♪オー どうぞ勝手に降ってくれ ポシャるまで

♪ウー いつまで続くのか 見せてもらうさ

 

ここまで歌詞とメロディは決まった。しばらくああだこうだやってみて、オレが何気なくGAとコードカッティングすると、キヨシは、

「チャボ、それいいじゃん!それ使おうぜ。♪見せてもらうさ~の後にGA。その後、その後!」

キヨシは高ぶった表情でオレを見ている。オレは、ギターを持ったまま考えた。これでどうだろう、と思えた時にジャジャ、ジャジャ、ジャジャ、ジャジャ、ジャジャーン、ジャッ、ジャッと弾いてみた。DAGADGAだ。

すぐにキヨシはメロディを探り出した。そしてその上に歌詞をのせていく。ここら辺の手際の良さはさすがだ。オレなんかこんなに早くはできないな。「お前に乗れないなんて」「発車できないなんて」とどこまでもセクシャルにキヨシは言葉を紡ぎ出す。完璧だ。その後も、車のどの部品が歌詞に使えるかいろいろ話し合った。「マフラー」「ワイパー」「ライト」等々。「ラジオ」が使えるとキヨシが言ったところで、一服することにした。サビはこんな歌詞になった。見事にギターのカッティングにのった歌詞とメロディだった。

 

♪こんな夜に おまえに乗れないなんて

♪こんな夜に 発車できないなんて

 

すると、ちょうどヒサコが仕事から帰ってきた。興奮しているオレ達の表情を見て、クスクス笑った。

「今日は何だか二人とも気合いが入ってるわねえ。」

「今コーヒー入れてくるね。その後聴かせて。」

そう言うと2階へ上がっていった。

1回サビまで通してそうっと小さな声で歌ってみてから、ヒサコが来るのを待った。キヨシは、「次は本気で歌ってみる。」と言って歌詞が書いてある紙を見ながら小さく口ずさんでいた。

 

ヒサコがコーヒーを持って降りてきた。

「まだ、1番までなんだけど。」と言って二人で演奏した。聴いた後ヒサコは、パチパチと拍手をし、「キヨシ君もチャボも最高。」「キヨシ君、歌い方変えたのね。私は好きだな、その歌い方。それにチャボは最近ずっとこのリフを弾いていたんだよ。ついに完成したのね」

と言ってくれた。リフを考えてたことまでばらすんじゃないよ、と思ったがまぁいいか。

「じゃあ、完成を楽しみにしてるね」

と言い、また仕事に戻った。彼女は売れっ子の写真家のアシスタントなのだ。そしてオレは、新聞紙を上手く紐でしばることができなくて1日でアルバイトをやめてしまった社会生活不適合者の憐れなギタリストだ。でも今はキヨシ達と一緒にRCをドライブさせていこうと決めた立派な大人だぜ。

 

それにしても「本気で歌ってみる」と言って歌ったキヨシの歌い方には、こっちもブッ飛んでしまった。オレが感じたことは二つある。まず、過剰なまでにはっきりとした発音で区切って歌うところ。今までもはっきりとした歌い方をする、つまり歌詞が聴く人に届く歌い方をするキヨシだったが今回はそれ以上だ。スタッカートかよ、って思うほどのところもある。この歌い方だとさらに歌詞がはっきりと聴き取ることができる。もう一つはアクセントだ。「バッテリーは」の「バ」や「ブッ飛ばそうぜ」の「ブ」と「ぜ」などはオーティスになってアクセントをつけているのが気持ちいい。それに「どうしたんだ ヘイヘイベイビー」はキヨシだからこそ格好よく歌えているのだ。他のヤツだったらダサく聴こえると思う。

 

タイトルは、次の日に決まった。「雨あがりの夜空に」。歌詞にも出てくる言葉だが、いつまでも雨が降っていてもさえないしな、とか何とか言いながら決めた。でも何だかロックっぽくないっちゃあないよなぁ、と思っていたんだけれども、「雨あがりの空に輝く 雲の切れ間にちりばめたダイヤモンド」と歌うのを聴いて、あぁ、やっぱりキヨシだ、キヨシの書く歌詞は何も変わっちゃいないと思った。変えているのは見せ方だ。オレ達が仲良くなり始めた当時の心を今も持っているキヨシは、ゴキゲンなロックンロールにのせて自分の全部を伝えようとしているんだ。最後はもう全面的にキヨシにまかせた。こんな歌詞だ。「雨あがりの夜空に吹く風が 早く来いよと俺たちを呼んでる」。まるで今のオレ達のようじゃないか。キヨシ、お前は確かにさだまさし松山千春のような気の利いた歌詞は書けない、書くつもりもないだろう。でもあいつらもこんな歌詞は書けないぞ。お前にしか書けない歌詞をRCのサウンドにのせて歌う忌野清志郎、想像しただけで興奮するぜ。

 

こうして「雨あがりの夜空に」は完成した。あとはRCでどんなサウンドを作っていくかだ。何度もスタジオに入り、キヨシの言うゴキゲンなロックナンバーが仕上がった。この頃にはもうキヨシは、ギターを持たずにマイクだけ持って歌うようになっていた。

 

                               (続く)

 

 

 

キヨシとオレ その② (全5回)

キヨシとは古いつきあいだ。何年前になるだろうか、同じライブハウスに出演していたのをきっかけに少しずつ仲良くなっていった。楽屋で他のバンドの連中は、女の子や麻雀の話ばかりしていて、音楽の話は一切していなかった。オレは、そういうのは嫌いだったし、好きな音楽のことを誰かと話し合いたかった。でもそういう友達はいなかった(相棒の加奈崎さんは、オレにとっては先輩だ。だからなのか、そういった話はあまりしなかった)ので、いつもギターを持って部屋の隅にいたものだ。

 

初めてRCのステージを見た時、オレは鳥肌が立った。忌野清志郎、あいつと話してみたいと痛烈に思った。しかし、あいつもオレと同じで、いつも部屋の隅でアコースティックギターをつま弾きながらちょこんと座っていた。しかも「近づくなオーラ」出しまくりだったから超内気なオレとしたらどうにも話かけづらかった。それでもある日のRCのライブで何の曲だったろう、「春が来たから」だったかな、その曲にいたく感動したオレは、どうしてもそれだけは清志郞に伝えたかった。

 

「『春が来たから』、すごかった」思い切ってオレは清志郞に話しかけた。

「そう?そいつは嬉しいな。キミはよく分かってるね」清志郞はこう答えた。

そこから少しずつ話すようになった。楽屋の場所も同じ隅っこに2人して座るようになった。オーティスの歌い方はこうで、サム・クックのあの曲はこういうことを言いたかったんじゃないか、真のオリジナルとは?などずっと自分達の好きな音楽の話をしていた。呼び方も、オレはあいつのことを本名の「キヨシ」、あいつはオレのことを「チャボ」(オレの愛称だ)と呼ぶようになっていた。

 

そうこうするうちにお互いの家にも行き来するようになり、一緒に曲を作ったこともあった。あいつは当時、女癖は悪かったのに、オレ達の間では、何というか下ネタを話すことは一切なかった。あの頃男同士で下ネタを話すヤツはどうも信用できない、というのがオレの持論だった(今でもそうだ)。オレにとってはそのことがこんなに長く付き合うことになった理由の一つかもしれないなと思っていた。

 

次の日、オレは9時頃に起き、コーヒーを飲んでからヒサコに「ちょっと行ってくる。」と言っていつもの楽器店に行った。やっぱりヒット曲を作るにはピックも新しくしなきゃな、というのがオレの理屈だった。ピックを買った後も、何となくギターを見たり試し弾きしたりしながら昼過ぎまでいた。しかし逸る気持ちはどうにも抑えられない。どうせキヨシが来るのは夕方だ。コカコーラを2本持って。と思いながらもオレは帰路に着いた。

 

家に帰ると、たまげたことにキヨシがいた。もう来たのか。ヒサコと仲良くコカコーラを飲んでやがる。あれっ。今日は3本だ。1人1本かよ。まぁ、よほど気合いが入ってるってことだろう。

 

「車を題材にした歌にしたいんだ。『ステップ』みたいなダンスナンバーじゃなくて、ゴキゲンなロックナンバーを作ろうと思うんだ。コンサートの最後にやると盛り上がるやつ」

キヨシはそう言ってノートを取り出した。そこには、「エンジンいかれちまった。」「つぶれちまった」「ポシャるまで」といった言葉が並んでいた。ん?車の歌か?それに何だかオレ達が普段使っている言葉遣いじゃないか。なるほど、今回はこういう言葉を使うんだな。この言葉遣いで「売れる」「ゴキゲンなロックナンバー」を作るんだな。じゃあオレもひとつ思い切って提案してみるか。

 

「キヨシ、こんなのどう?」DDDsus4D DDDsus4DAGD と例のリフを弾いてみた。

イカしてる」と呟いたキヨシが「そのまま続けてくれよ」と言ったので、DDDDAGDDと弾いててみた。キヨシは、「それしばらく続けて弾いててくれる?」と言い、何やらぶつぶつとつぶやいてメロディと歌詞を同時に探っている。

「何をしたらエンジンはいかれるんだ?」とキヨシが尋ねるので、

「キミの車のサニーのことだろ?そりゃあ雨に弱いだろ?この前あったじゃない。雨が降ってエンジンがいかれたこと」とオレは答える。

「さえてるねぇ、チャボ君。それ最初にもってこう。次は?」と聞かれたので、

AGDAGDと弾いた。

このままAメロのコードのメロディと歌詞を決めていった。こんな歌詞だった。

 

♪この雨にやられて エンジンいかれちまった

♪オイラのポンコツ とうとうつぶれちまった

♪どうしたんだ ヘイヘイベイビー バッテリーはビンビンだぜ

♪いつものようにキメて ぶっとばそうぜ

 

♪そりゃあひどい乗り方 したこともあった

♪だけどそんな時にも お前はしっかり

♪どうしたんだ ヘイヘイベイビー 機嫌直してくれよ

♪いつものようにキメて ぶっとばそうぜ

 

さっきちらっとキヨシのノートを覗いたときに、「バッテリーはビンビンだぜ」というフレーズが目に飛び込んできた。それがもうすでに使われている。

 

「バッテリーはビンビンだぜ」?

オレはキヨシのノートを見た時に、車と女をかけてセクシャルな意味も込めて作ろうとしていることには何となく気づいていたので、

「キヨシ、ホントにいいの?この歌詞で。ヒット曲を作るんだろ?」と言ったら、

「何言ってるの、チャボ。俺がさだまさし松山千春みたいな歌作ると思う?」

と切り返された。

なるほど、魂は売らずに自分らしい曲を作ってバンバン売ろうぜってことか。こりゃあ、コンサートの最後にやると盛り上がりそうだ。それにしても下ネタを言わないオレ達の間でこの歌詞はギリギリの線だな。

 

キヨシは「どっからこんなリフが出てきたの?」と聞いたので、種明かしをした。

モット・ザ・フープルの『Drivin’ Sister』のイントロをシンプルにしてみたんだ。そんでキースみたいにsus4をかますとカッコいいかなって」

「なるほど!さすがだねぇ。サビのコードは?」 

「そこはまだ分かんない。」

 

                              (続く)

 

 

 

 

 

 

キヨシとオレ ~清志郎が「キヨシロー」になるまで 再々掲載

しつこいようだが清志郎ネタである。昔書いた文をちょびっと手直ししてみました。これはチャボサイドから書いた文章だけど、清志郎サイドからも書いた文章も間に入れると、より良くなるのかもしれない、と妄想が膨らみました。だから再々々掲載する日が来るかもしれません。1回読まれた方は「またかよ」と思われるかもしれませんが、ご容赦ください。

 

 

 

 

※以下の文はこの地球Aから少し時間軸のずれた地球A’で起こったキヨシローとチャボのお話です。この地球Aで起きたことと違うところが多々ありますが、ご容赦下さい。

 

「イエー、イエー、イエー、RCサクセションです。イエー。」

「俺らのなー、ゴキゲンなラブソングを聴いて盛り上がってってくれー。イエー。」

たくさんの客の前で、オレはそいつらをアジっていた。ギンギラギンの衣装を身に纏って。

ここは、久保講堂。客をアジっていると、オレの気持ちもどうしようもなく高ぶってくる。

「オッケー、カモン、リンコ・ワッショー!」

演奏が始まった。

 

これにさかのぼること、1年半前の晩夏。

 

「ねぇ、チャボ。明日時間あるかな?」

キヨシからこんな電話があったのは、もう寝ようかと妻のヒサコと話していたときのことであった。

「うん、大丈夫。もちろんあるよ。何?」

大丈夫も何もさっきまで一緒にいたじゃねーか。用があるなら何でさっき言わなかったんだよ。というか毎日俺達の家に入り浸っているじゃん。どうも公衆電話からかけているみたいだ。

「いやね、明日キミと一緒にRCの曲を書けないかと思って」

「それはいいアイディアだな」

だから、そんなことだったらさっき言えばいいのに。いいんじゃないか。曲作ろうぜ。

「ヒットするやつ。RCでヒット曲を作りたいんだ」

そうか。ヒット曲か。それでヒサコの前では言いづらかったんだな。シャイなキヨシらしいっちゃらしいけど。でもついに来たか。オレはキヨシからその言葉が出るのを薄々予感していた。

 

というのも、あいつとあいつの彼女であるイシイさんが結婚するしないで話をしているというのをキヨシから聞いていたからだ。キヨシがある日イシイさんの家に行き、「娘さんと結婚させて下さい。」と挨拶したら、親父さんが「誰が売れない歌手なんかに娘をやれるか。」と一喝され、すごすごと帰ったそうだ。親父さんにそう言われたキヨシは「絶対売れてやる。」と思ったらしい。そのためにどうすればいいか、随分考えていたようだ。「ステップ」は、そのための第1弾だったが正直言って結果は芳しくなかった。

 

「ヒットするやつか。いいじゃん、それ」

オレはもう一度言った。

「チャボもそう思う?」

「うん、『ステップ』、今イチだったからな」

「そうなんだよね。今度はRCのメンバーとレコーディングもしたいし」

「そうだな。分かったよ。じゃあ明日、待ってるよ。」

 

電話を切ってから、「ステップ」のキヨシのボーカルは良かったんだけどね、と思い返す。この曲からキヨシの歌い方は明らかに変わった。「スローバラード」「わかってもらえるさ」からその萌芽は見られたが、誤解を怖れずに言うとオーティス・レディングの歌い方が一部入っている。今までもオーティスの匂いは感じられたが、甘い響きもその声には含まれていた。そんなところに女子供がキャーキャー言っていた面もあった。勿論キヨシに毒づかれて喜んでいる女もいたが。

 

「ステップ」では、特に「ダンスダンスダンスダンス・・・」と歌うところはもろオーティスだ。でもあいつが歌うとOtis Reddingっていう英語表記じゃなくて、カタカナのオーティス、なんだよなぁ。このニュアンスの違いは伝えにくい。何て言うんだろう、コピーしてるんじゃない、あいつの歌い方になっているんだよな。それにキヨシの声には「歌う理由」が強く感じられる。これについてはオレが初めてRCサクセションというか忌野清志郎を聴いた時から変わっていない。日本でそんな風に思えるシンガーがオレには見当たらなかった。「ステップ」に話を戻すと、特に「ダ」「ガ」と発音するところは聴いていてぞくぞくする。あいつは、絶対家でこの歌い方を研究し練習していたはずだ。そして「ステップ」での歌い方は、「俺はこの歌い方で売れる歌手になる」というキヨシの強い意志が伝わってきた。そんなことを考えているうちに気持ちがじわじわ高ぶってきた。RCでヒット曲か。いいな。

 

「キヨシ君からだったの?」

「うん、明日来るって。曲を作るんだ。」

オレは、『ヒットする』をとばして言った。

「わざわざ電話しなくても、毎日来てるのにね。明日もコカコーラ2本かな。」

にこりと笑いながらヒサコが立ち上がる。キヨシは、俺達の家に来るたびにコカコーラを2本持ってくる。そして、俺達で1本を分け合い、ヒサコは1本分もらえたのだ。「奥さん、いつもすみませんねぇ。」と言いながらキヨシはヒサコにコカコーラを渡していた。

「先に寝るね。おやすみなさい。」

「おう。おやすみ。」

何かを察したのか、彼女の方からリビングを離れた。

 

オレにはひとつアイディアがあった。それは、キヨシが「RCで売れたいんだ。」と言った時から何となく頭にあったものだった。売れるためにはどうすればいいか、二人でストーンズやフェイセスなどを聴いて研究していた時から考えていたことだ。それは、リフである。かっこいいリフがある曲をRCで演奏できるといいな、とオレは思っていた。そこで一人でもいろいろ聴いてみて、弾いてみた結果、最近出来たリフがあったのだ。

 

                               (続く)