hanami1294のブログ

現在休職中の小学校教員のつぶやきです(只今復職中)。

「ロウ」のA面を聴きながら妄想してみた

1976年9月末。デヴィッド・ボウイは、西ベルリンのハンザ・スタジオにいた。本当はフランスでレコーディングをしていたのだけれど、何だかんだあってベルリンに拠点を移すことになった。この時期一番のダチであったイギー・ポップも一緒だ(6月には彼のソロアルバムのプロデュースをした)。

 

 

「とにかく俺とイギーは、ドラッグ中毒から抜け出してクリーンにならなければいけない。そのためには今までと違った環境に身を置きたい。そして新作を作るのだ。フランスで作りかけていたが頓挫したので、ここベルリンでもう一度やり直すのだ。メンバーはトニー・ヴィスコンティをはじめとする馴染みのメンバー。それに加えてブライアン・イーノが参加してくれることになった。やっとあいつと仕事ができる」

 

 

「どんなサウンドになるのか見当もつかないが、ドイツと言えばクラウトロックだよな。そこはちょっと意識したいぞ。イーノもきっとこのアイディアにのっかってくれるに違いない」

 

 

 

カルロス・アロマー(ギター)、デニス・デイヴィス(ドラムス)、ジョージ・ムーレイ(ベース)は既にスタジオにいた。ブライアンもトニーもだ。それにしても狭いスタジオだな。ロスとは大違いだ。それに余計な取り巻きもいない。じゃあ早速セッションを始めようじゃないか。

 

 

・Be My Wife

「ブライアン、これ聴いてくれる?」と言い、メンバーに「『ビー・マイ・ワイフ』をやるよ」と伝えた。ブライアンは最後までじっと聴いていた。演奏が終わるとブライアンはすぐに「ベースがファンキーでいいねー。サビのところはもっともっとうねるような弾き方をすればいいと思ったよ。あとは私ならイントロにこんな感じでピアノを入れるな」と言い、カルロスにイントロを弾くよう促す。ブライアンのピアノを聴き、ボウイは「これはイケる」と思った。イーノはボウイに「このピアノは君と私が一緒に弾くといいと思う」と言った。


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・Breaking Glass

まだ他に曲はあるのかとブライアンが言うので「ブレイキング・グラス」を演奏してみた。この曲にもブライアンはすぐにアドバイスをくれる。「ギターのリフはOKなんだけど、もっとリズム隊がしゃしゃり出てくる方がよくないかな?ベースはさっきみたいにファンキーさを出しつつもっと音数を増やす。そしてスネアとバスドラをもっと前面に出していけば?」

 

 

OK、やってみようじゃないの。今度は俺も歌ってみよう。こんな感じなんだけど、どう?

 

「OKOKOK、デヴィッド、最高じゃないか。私も参加してもいいかな?」どうぞどうぞ。

 

 

何回か通してやってみた。もちろんイーノのシンセは最高にクールだった。もしかしてもう2曲できちゃった?フランスではあんなに苦しんだのに。メンバーに今日は終わろうと言ったあとに、ブラアインに言った。「ベルリンに来たんだからそういう風味も出したいんだよね」。ブラアイアンは「OK、明日試してみよう」と答えてくれた。ほんと?これだけで伝わったのかな?


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・Speed of Life

「ちょっとセッションしてみないか」というブライアンの提案から今日のレコーディングが始まった。「デニス、今日の気分でしばらく叩いてくれないか?」ブライアンの言葉にデニス・デイヴィスはすぐさま反応する。普通にエイトビートを叩いていると、ブライアンが「スネアの音をいじっていいか?」とデヴィッドに言ってきた。これこれ、そういうのを待ってたんだよ、とばかりにボウイは頷く。

 

 

おおっ!何だかインダストリアルな響きになった。いいねえ。ブライアンはデニスにプレイを続けるように言うとジョージにさっきと同じように「今日の気分で弾いてみてくれ」と言う。それを聴きながらシンセのつまみをいじり、音を決めてから自分も演奏に参加する。何だか形になってきた。しかもベルリン風味だ。昨日のあの言葉だけで通じたんだ。いつの間にかカルロスも参加している。とにかくドラムのスネアの響きが気持ちいい。あとは・・・何だろう。とデヴィッドは思案した。まだ俺のヴォーカルじゃないな。うーん・・・サックスでいくか。

 

 

ドラムス、ベース、ギター、シンセ、そして俺のサックス。完璧じゃないか。こっからどう展開させていくか。1回演奏を止めてみんなであれやこれやと試してみた。カルロスがアイディアを出すとそこからイーノがもうひと展開考えてくれた。おいおい。いい曲じゃないか。それにしてもこれに歌をつけるのは難しいな。今日はここまでにしておこう。それにしてもこれは1曲目を飾るのに相応しくないか?新しいボウイはこれですって感じがする曲になった。それにしても何気ないセッションからここまでの曲に持っていったんだからイーノはすごいな。


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・What in the World

「今日は、作りかけの歌から始めたいんだ」と言うと黙ってブライアンは頷いた。この曲もあいつなら何とか形にしてくれるだろう。どちらかと言うと今までの俺の作法で書いた曲だけど、きっと新しいものができるに違いない。

 

 

カルロス、デニス、ジョージで演奏してみる。演奏を終えブライアンの顔を見ると、うーん・・・と考え込んでいる。黙って待っているとブライアンが言った。「歌とメロディはそのままでいいんだけど、あとは全部変えてもいい?」と言ったので是非そのアイディアを聞かせてくれといった。みんなも同じだと思う。この2日でブライアンのアイディアは全部ドンピシャリとはまっている。一体どんな曲になるんだ?

 

 

「まずテンポは今の倍の速さにする。ドラムはバスドラを小刻みに入れる。それに合わせてベースも弾いてみて。ギターは何て言うのかなぁ、脈絡がないリフを繰り返すっていうのはどうだろう?例えばロバート・フリップって知ってるだろ?彼はこんな感じで弾いてるよ」とシンセで旋律を奏でる。カルロスはそれを聴きながら考え込んでいる。

 

 

ここまで聞いて早速デニスがドラムのパターンを模索し始めた。「もっとバスドラを入れてみて」とブライアン。何だかせわしない感じだな。ベースがそれに合わせる。その間にカルロスは「脈絡のないリフ」に挑戦している。俺はただ黙って見ていた。何パターンか脈絡のないリフを編み出したカルロスは、ドラムとベースの演奏に加わる。イーノはというとその演奏に満足したのかシンセのつまみをいじり始めた。その間に俺はこの速さに合わせて歌ってみる。なるほど、こんな感じか。そう思う間もなくイーノのシンセサイザーが演奏に割って入って来た。

 

 

「イギー、コーラスで入って」とシンセを演奏しながらイーノは言う。ここまでただ俺たちのセッションを見ているだけだったイギーが待ってましたとばかりに即興で「♪ア~」とコーラスを入れ始める。何回か演奏して、ランチ休憩をしてからレコーディング開始だ。それにしてもイーノは仕事が早い。もう3曲もものにしたよ。イギーは帰り道、「ブライアンってすげーな」と言ってたけれど、ほんとにそう思う。

 


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家に着く前に「『ロウ』っていうアルバムタイトルはどうかな?」とイギーに言ってみる。イギーは「『ロウ』?『ハイ&ロウ』の『ロウ』かい?」と聞く。そうだ、と答えながら自分とイギーのドラッグ中毒について考えていた。俺達はドラッグから離れる決心をしてベルリンに来たが、まだリハビリの最中だ。上手くいく保証もない。そんな不安定な気分もあったのかベルリンの街の雰囲気がそうさせるのかよく分からないが、「ロウ」という単語が昨日から頭に浮かんで離れないのだ。

 

 

まあ、このアイディアについてはまだ寝かせておこう。レコーディングはまだ続くのだ。そしてこのレコーディングでまた自分が新たなステージに立てることを確信していた。

 

 

 

                             (続くかもしれない)

 

 

 

イーグルスという名の大海

イーグルスといえば、「ホテル・カリフォルニア」1曲を聴いていればいいと長い間思い込んでいた。しかしそうではなさそうだということが最近分かってきた。分かってはきたが、まだどうも全貌を掴み切れないでいる。これから少しずつ分かるようになってくる楽しみもあるんだけどね。今日はちょっと彼らについて書いてみよう。

 

 

まずはウィキで基本情報を調べるか。

 

 

イーグルスは、アメリカ合衆国のロック・バンド。デビュー以来、ロサンゼルスを拠点とし、トータルセールスは2億枚を超える」

 

 

そうなのだ。アメリカの超ビックバンドなのだ。イーグルスは。だからこそ、当時の僕は聴こうとしなかったのかもしれない。

 

 

活動期間は、1971年~1980年が第1期、1994年~2016年が第2期となっている。今日僕が書こうとしているのは第1期イーグルスだ。その時期の作品も書いておこう。

 

 

1972年:イーグルス・ファースト

1973年:ならず者

1974年:オン・ザ・ボーダー

1975年:呪われた夜

1976年:ホテル・カリフォルニア

1979年:ロング・ラン

1980年:イーグルス・ライヴ

 

スタジオ盤が6枚とライヴ盤が1枚である。「ホテル・カリフォルニア」の前には「グレイテスト・ヒッツ1971―1975」が発表されている。僕は「グレイテスト・ヒッツ」と「呪われた夜」以降の作品をレコードで購入した。何だか知らないうちにそうなった。初期3作はアップルミュージックで聴いている。

 

 

あとは、WOWOWで昔、イーグルス特集を観たことがある。それを観て、この時期の他のバンド同様にいろいろな問題を抱えながら活動していたことがよく分かった。特にメンバー間の軋轢は激しかったようだ。そんな中超名盤「ホテル・カリフォルニア」が作られた。ここら辺はさすがというかプロだから当たり前と言うか上手い表現ができないが、仲が悪く立っていい音楽を作るんだという強い意志を感じる話である。

 

 

最初に書いたように「ホテル・カリフォルニア」1曲だけ聴いてりゃいいやと思ったが、レコードではどんな風に聴こえるんだろうと思い、購入したのが昨年のことだった。しかし一聴して「ふうん」と思った僕はそのままイーグルスを放置していた。

 

 

それが今になって何故聴くようになったのか。僕にも分からない。きっと僕のことを心配してくれた誰かがこそっと「こいつにイーグルスを聴かせてやれ」とでも言ったのだろう。ありがたい話だ。多分今の僕の気分にピッタリ合う音だと思う。ハマりそうな予感大である。

 

 

しかしながら、何だか掴みどころがないのも事実だ。だってカントリーあり、ディスコ調あり、ハードなリフの曲もありの何でもありのバンドだもん。おっとバラード曲も絶品だし、コーラスも素晴らしい。要は何でもできるバンドなのだ。それで1枚のアルバムにそんなバラエティーに富んだ曲が収録されているんだから、掴みどころがないというわけだ。

 

 

プロデューサーは最初「お前らにロックは向いていないからカントリーをやれ」と言っていたという。それに対してバンド側はロック志向だったからここでも随分と揉めたようだ。

 

 

今はとにかくアルバムを繰り返し聴いて、体に馴染ませる。そうしたらきっとまた彼らについて書きたくなる日が来ると思う。

 

 

イーグルスに限らずアメリカのバンドって、間が大きいと言うか、懐が深いと言うかそんな音に聴こえる(ような気がする)。しかしアメリカにはアメリカなりの闇は確かにあるようだ。僕はそれに長い間気がつかなかった。イーグルスを聴くようになって僕の音楽面での懐も多少大きくなったように思う。

 

 

 

 

最近の悩みは、毎日仕事の夢を見ることだ。勿論上手くいっていない時の場面だ。ひと眠りひと夢ってな感じで、夢の中の状況に耐えられなくなって覚醒する、という日々が続いている。これはしばらく続くだろうな。

 

 

 

明日からの天気は悪そうである。雨が降った時の運動をどうするのか、思案中である。ダンベル運動してみようかな。それとも傘をさしてのウォーキングかな。何もしないのはよろしくないとは思っている。

 

 

 

ではでは。

 

 

 

仕事と日常生活、そしてブログ

只今午前5時30分。こんな時間にパソコンを開くのは久しぶりだ。今週は(先週もだな)ひたすらギリギリまで寝ていたからなあ。眠れたのはいいんだけど、今度は起きれなくなっちゃった。そして起きても体が動かない。よって「学校に行きたくないな」と思う。そんな日々だった。文章を書くなんてとんでもなく高いハードルだった。だから月曜日に記事をアップしてからはパソコンには触れていなかった。

 

 

今が精神的にどん底かもしれない。今までにもそう感じたことはあったが、そんな時は「どん底だ・・・」とブログに書いてたしな。今回のどん底っぷりはかなり深刻なものかもしれない。僕の計画では、あと9日出勤したら病休に突入する。それまで気力体力が持つのかは神のみぞ知る、だ。

 

 

思い返せばインフルエンザが猛威を振るい、授業のペースが乱れたことが関係しているのかもしれない。先週の水道工事が自分で思っていたよりも精神的にダメージが残っているのかもしれない。そんなこんなで僕にとってはイレギュラーなことがあったことが、この低調ぶりに繋がっているのかもしれない。

 

 

さっきも書いたけど、とりあえずブログに記事を書いている状態というのは、そこまで精神的にどん底ではないようだ。仕事で頭が回っている時には、記事も書くぞという気持ちになる。日常生活にも動きが出る。

 

 

一昨日の晩はひどかった。家に帰ってから炬燵からずっと出られない。夕食を作る気にもならない。もちろんパソコンも開かない。妻が帰って来ても僕はただ蹲っているばかりだった。妻は僕に日清焼そばを作ってくれた。

 

 

こんな状態でも音楽は聴いていた。誰を聴いていたと思う?自分でも意外だったんだけどピーター・ガブリエルだったんだよね。病気真っ只中の時はもっぱら平沢進だったんだけど、今回は違った。ピーターの声が僕を癒してくれたのだ。

 

 

ピーター・ガブリエルのアルバムは「Ⅰ」と「Ⅲ」を持っていたんだけど、ふと「Ⅳ」と「So」を購入したんだよね。そして何気なく聴いていたらハマっていた。不思議なものだ。どうやら音楽は精神的に苦しんでいる人に安らぎを与えてくれるのは間違いないようだ。そして案外その人にとってその時のベストのアーティストが当人のもとに届くことになっているようだ。そうとしか思えないよ。

 

 

ピーター・ガブリエルは決してロックロックしている声で歌わない。シャウト気味に歌うことはあるんだけどね。僕はピーターといえば「Ⅲ」ばっかり聴いていたけれど、彼の声というよりはアルバムの音の斬新さ、曲の素晴らしさに耳を奪われていた。その僕が「Ⅳ」では、ひたすら彼の声に没入している。曲の全貌は何となく掴んでいる程度だ。(←もっと聴きこめば分かるとは思う)

 

 

彼の声は、どんなにシャウトしても聴く人の気持ちをハイにしたりはしない。こんな言い方は適当かどうか分からないが、そっと聴く人に寄り添ってくれる声だ。

 

 

さてと、1000字書いたから午前の部は終わろう。穏やかに今日一日を過ごして夕方に記事をアップすることにしよう。

 

 

 

 

 

只今16時。もうすぐ日が暮れる。今日は穏やかに暮らすことができたか?答えはYesだ。と言っても家でただぼぅっとしていただけだが。100歩も歩いてないんじゃないかな。シャワーと洗濯はできた。昼にラーメンを作って食べた。あとは・・・ピーター・ガブリエルを聴いたりYouTubeを観たりしていた。これが土曜日なら「あちゃー!一日が終わる・・・」と思ってしまうところだが、3連休の初日はこんなザマでもOKである。

 

 

 

 

さあ、そろそろ記事をアップする時間だ。既に夕食は作って2人で食べた。あとはのんびりドラマでも観て、そして寝よう。

 

 

 

購読している達兄ぃとsycoさんのブログも読めていないし、JUNさんからのコメントにも返信していない。しゃーない、こんな時もあるさ。時が来ればそういうことはクリアできるだろう。今日は無事穏やかに過ごすことができたことに感謝、だ。

 

 

 

 

ではでは。

 

 

 

1977年10月28日

この日、奇しくもクイーン6枚目のアルバム「世界に捧ぐ」とセックス・ピストルズのデビューアルバム「勝手にしやがれ」がリリースされた。制作されたスタジオが被っていた時期もあるという。もしロック歴史教科書があるとすれば、この日を境にロック・ミュージックは「パンク以前」と「パンク以後」に分けられたと書かれるだろう(細かいことを言えば、ニューヨーク・パンクもあるし、ダムドの「ニュー・ローズ」はどうしたんだ?とかいう話もあるがややこしくなるので割愛する)。

 

 

ウィキペディアを見ると「世界に捧ぐ」は、「パンク・ロック全盛期に制作された、シンプル・イズ・ベスト的な作品」と書いてある。しかしシンプルとはいえ、それはバンド内のことであって「勝手にしやがれ」のシンプルさとは天と地ほどの差があるように僕は思う。

 

 

チャートを見ると、「世界に捧ぐ」は全英4位、「勝手にしやがれ」は全英1位を記録している。結果だけを見ると、パンクの勝ちである。彼らは世の中を変えたのである。

 

 

さきほど「勝手にしやがれ」をシンプルだと書いたが、本作品ではスティーヴ・ジョーンズのギターは何重にもオーヴァー・ダビングされ、音に厚みを持たせているし、実際に演奏よりやや速目に再生されるように録音したらしい。つまりロンドンパンクサウンドは確信的に作られたことになる。

 

 

再び両アルバムの内容をみてみよう。「世界に捧ぐ」はロックナンバーあり、ハードなナンバーあり、バラードありと音はシンプルかもしれないが、ヴァリエ―ションに富んでいる。対するピストルズは徹頭徹尾激しくてシンプルなナンバーが並んでいる。

 

 

歌詞は「ロックしようぜ」「俺達は数々の苦難を乗り越えた今、みんな勝者なんだぜ」と歌うクイーンに対して、「お前に未来はない」「俺はアナーキスト」と歌うピストルズ、と対照的である。繰り返すが、ここで歴史は大転換を迎えたのだ。若者はピストルズを支持したのだ(まあいろいろあったらしいが)。

 

 

僕が最近よく観ているYouTube番組「みのミュージック」では「パンクはブルースからの影響を断ち切った」と言っていた。なるほど、確かにそうかもしれない。サウンド的には、1950年代の白人ロックやストゥージズ等のガレージサウンドを選んだので、ブルース臭はしない。今までのロック・ミュージックとの差別化を図るうえでこの点はデカいと思う。

 

 

そしてパンクの勃興によってロック界の大物は今まで伸ばしていた髪を切ることになった。特にブルースからの影響が強かったハードロック、ヘヴィ・メタルの大物たちだ。って僕の知る限りではジミー・ペイジロバート・プラントだけだけどね。

 

 

 

今日の話をどこで着地させたいかというと、(いつものことだが)今となってはどちらのアルバムも素晴らしいと書きたかったのだが、今のところピストルズ有利だな。そりゃそうか。エスタブリッシュに対抗あるいは愚弄する姿勢がロックだもんな。

 

 

 

念のために両者のライブを聴いてみた。クイーンの「ライヴ・キラーズ」を聴くと、「ナウ・アイム・ヒア」とかのハードな曲はさすがだなあと思った。そしてピストルズはローテクではなかった。特にドラムのポール・クックが頑張っているのではないかと思った。荒々しくてこれぞパンク!という音だった。

 

 

家に帰って、よく観ているサッカリンさんの動画を観た。「ジョン・ディーコンの素晴らしすぎる名曲10選」みたいなタイトルだった。これを見て「うーん、こんな複雑なことをしていたのかぁ・・・」と思った。平たく言うと僕はピストルズの曲は(練習すれば)そこそこ弾けるようになると思うが、クイーンの曲は永遠に無理だということを思い知らされた。

 

 

さっきはピストルズ有利と書いたが、どちらも素晴らしいとしか書けないかな、やっぱり。うん、どっちも楽しんじゃおう。

 

 

 

明日は金曜日。僕は果たして学校に行けるだろうか?

 

 

それでは。

 

 

 

クイーンを支持した日本人女子ってすごいな

タイトルを正確に書くとどうなるかというと「1970年代に音楽雑誌『ミュージック・ライフ』が推したクイーンに目をつけて彼らを熱狂的に迎え入れた昭和日本人女子の目は確かだったな」となる。そしてそのことに50数年経ってやっと気づくことができて僕は嬉しい。

 

 

僕が初めて買った音楽雑誌が「ミュージック・ライフ」だった。写真の質と量、本の分厚さに惹かれて買ったのだ。何冊目かに買った号のタイトルは確か「さらば70年代」だったように記憶している。だから1979年から買い始めたのだろう、きっと。

 

 

僕がこの本を買うようになった当時この雑誌が推していたのはチープ・トリックだった。このバンドにも日本人女子は飛びついた。そして次に来たのがジャパン。勿論日本人女子の餌食(当時僕にはそう見えた)になった。

 

 

話をクイーンに戻そう。僕の記憶だと当時編集長だった東郷かおる子がクイーン、キッス、エアロスミスを強力にプッシュしたんではなかったかな。それに日本人女子はのった。特にルックスが他の2組と比べてよかったクイーンに熱狂的な声援が送られた(はず)。僕が読み始めた頃はもう御大みたいな存在になっていたけれど、ロックビギナーの僕でも分かるくらいクイーンの人気は絶大だった。

 

 

僕は彼女達のことをミーハー(分かるかな?)な人たちだなぁ、と思いつつ彼らの音楽を友だちを通して聴くだけだった。つまりそこまで思い入れはなかった。アルバムを買ったのなんて大分後になってからだ。それも「世界に捧ぐ」だけだ。しかし、昭和のミーハー女子はクイーンを支持し続けた。やがてクイーンは世界的に有名なバンドとなる。これで合ってる?付け加えると昭和の少年たちもクイーンを受け入れていた。ですよね?

 

 

 

僕が今日書いておきたいことは、ミーハーな人がムーブメントを作っていくということ、その人達の目は確かだから侮ることなかれということ、そして今もミーハー心を持ったままバンドを応援しているのだろうということだ。

 

 

それにしても驚くべきはクイーンが未だに(フレディ・マーキュリー亡きあとも)現役でいることだ。当時騒いでいた人たちももういいおばあちゃんになっていることだろう。彼女達はアダム・ランバートのことをどう思っているのだろう。きっと受け入れているように思う。そういえば、ポール・ロジャースも加入していた時期があったな。こっちの時はおじさん受けしてたかもしれない。

 

 

とにもかくにも映画が作られるほど、そしてその作品が世界中で大ヒットを記録するくらいビッグな存在になったクイーンに今頃僕は夢中になっているというわけだ。いつの間にか「クイーンⅡ」(1974)「シアー・ハート・アタック」(1974)「オペラ座の夜」(1975)「華麗なるレース」(1976)「世界に捧ぐ」(1977)「ジャズ」(1978)「ザ・ゲーム」(1980)と7枚ものレコードが僕の家に揃った。あとはデビューアルバムを手に入れれば初期クイーンをコンプリートしたことになる。

 

 

それにしても僕がクイーンに夢中になる日がくるとは思いもしなかったな。フレディのヴォーカルは置いておいて、ギターもベースもドラムスも好きだが、今はロジャー・テイラーのドラムを特に気に入っている。そういえば今まさに絶賛来日中だったよなー。

 

 

さて、あとは僕にキッスブームが来るかだよな。これはさすがに来ないような気がする。

 

 

 

明日から4日間仕事だ。授業は16コマなので気は楽といえば楽だ。いつも購読している方のブログも読めていない状況だが、頑張って生き延びていこう。

 

 

 

 

じゃあね!

 

 

 

SSW考

今日はSSW(シンガーソングライター)について書きたいなと思った。なぜかというと、アル・スチュワートがどうもそういう風に言われているっぽいからだ。そうか、アル・スチュワートはSSWなんだ。でもなんで?と思ったわけである。

 

 

よくよく考えてみると(いや、そんなに考えていない)、シンガー&ソングライターなんだからポール・マッカートニージョン・レノンもSSWに入れてもいいかもしれない。でもちょっと違うんだよね、きっと。その線引き具合について考えてみようというわけだ。

 

 

まずは、パーマネントなバンドの一員ではないということが第一条件であろう。どうもSSWというと一人でやってるイメージが強い。とはいえ、一人で弾き語りをしている人だけがSSWというわけではないと思われる。最初期のディランはSSWだったか?と問われるときっとフォーク・シンガーだとみんなが言うだろう。伝承曲もやってたからね。おっと今ので分かったぞ。「ソングライター」の部分を忘れていたんだ。要は自作自演がSSWだってことだ。

 

 

たった400字で解決しちゃったじゃないか。これはいかん。もう少し材料はないものかね。

 

 

というわけで、僕が思うSSWは誰か?から考えてみよう。

 

 

ジョニ・ミッチェルキャロル・キングジャクソン・ブラウンジェームス・テイラーなんかはきっとSSWの範疇に入るだろう。クレイジー・ホースと一緒ではない時のニール・ヤングも入るかもしれない。後は誰だろう。キャット・スティーヴンスもそうかな。えっ?こんなに少ないの?まだまだいるよね。僕が今思いつかないだけだよね。

 

 

思い切ってスティーヴィー・ワンダーなんかはどうだろう?自作自演どころか、いろいろな楽器まで演奏しちゃってるから入んないかなあ。ちょっと違うか。スティーヴィーを入れるんだったらマーヴィン・ゲイも入れたくなっちゃうよね。

 

 

何だか分からなくなってきたが、思い出した。第二の条件を。これは僕の勝手な思い込みである。アコースティックギターの名手であるということだ。アコギをピアノに置き換えてもいい。キャロル・キングなんかはピアノのイメージだもんな。となると、ビリー・ジョエルなんかもSSWに入れてもいいかもしれない。エリック・カルメンなんていう名前も浮かんできたぞ。

 

 

 

自作自演でアコギかピアノの名手。これが僕が勝手にイメージしているSSWなのだと分かった。最初のアル・スチュワートに戻ると、彼は何の名手なんだろう。ウィキの写真を見るとアコギを抱えているな。「オレンジ」の響きいいのアコギはアル本人の演奏だったんだな、きっと。

 

 

今日は午前中にアル・スチュワートの「オレンジ」と「イヤー・オブ・ザ・キャット」を聴いていて、ふとシンガーソングライターについて書きたくなっちゃった。ノープランでよくここまで書けたな。おっと、ジュディ・シルという名前も思い出したぞ(←キリがなくなってきた)。

 

 

 

今日は、六可レコード詣をしてきた。そしたら「この前(フリートウッド・マックの)『タスク』を買ったのってhanamiさんですか?」と言われたので、そうだと答えると「ごめんなさい、500円コーナーにも置いてあったの分かりました?今日はサービスしますんで、500円コーナーから2枚選んでください」と嬉しい言葉が返ってきた。

 

 

だったら、というわけでジョー・ジャクソン(「ステッピン・アウト」がはいっているやつ)とアース・ウィンド&ファイアー(「ファンタジー」が入っているやつ)の2枚をありがたくいただくことにした。やったぜ。

 

 

 

調子が悪いなりに今日もある程度文章を書くことができた。よかったよかった。今は芋焼酎を飲んでいい気持ちになっているところである。3連休中日で、まだまだ気持ちに余裕があるからだろう。

 

 

さて。今日はサラダを妻が作ってくれるそうだから、僕は小松菜と豚肉を炒めたメイン料理を作るだけである。もう少し酔っぱらっても大丈夫かな。

 

 

 

それでは、いい休日を。

 

 

 

 

3番目の巨星

まずは昨日と同じく紹興酒を一杯飲もう。只今17時過ぎ。あたりは暗くなり始めている。宴の時間だ。

 

 

今日は静かに沈みたい、できれば引き籠っていたいと昨日書いたので、買い物を妻に頼むあっさりと却下された。食材は買いに行かなければいけなくなった。

 

 

その前にのんべんだらりとYouTubeを観ていたら、ジミ・ヘンドリックスが「ライク・ア・ローリング・ストーン」を歌っていた。今日の最大の収穫だ。そしてカヴァーヴァージョンの最高傑作は何だろう?と考え始めた。しばらく考えたがもう結論は出ていた。もしかしたらこれじゃない?


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最初のギターのカッティングがかっこいい。歌い方も最高だし、バックの演奏も言うことなしだ。前に「ジミヘンは整理できない」という記事を書いたことがあるが、その時もこの「ライク・ア・ローリング・ストーン」を取り上げていたように思う。「ディランが歌ってんだから俺も歌えるだろう」ってジミヘンは思った、とか書いたような気がする。

 

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とにかくもっとジミ・ヘンドリックスが聴きたくなった。特に「パープル・ヘイズ」が聴きたい。となると、「スマッシュ・ヒッツ」か。メルカリで「いいね」をしておいてある。どうしようかな。

 

 

そう思いながら家を出たのが、12時過ぎで、14時にはその願いが実現していた。こんな風に簡単に願いが叶うこともあるんだ。順を追って書いてみよう。

 

 

12時過ぎに家を出た。ファミリーマートに行ってお金をおろし、煙草を買った。その足でコーヒー屋に行った。それから(←全然スーパーに行こうとしていない)ちょっとパトロールするか、と思って六可レコードに行った。ポリスのファーストアルバムが1200円で売られていた。それを片手に500円コーナーに行くと「スマッシュ・ヒッツ」があった。

 

 

小躍りしながらレジで精算し、スーパーで食材を買い、家に戻って目出度く「パープル・ヘイズ」を聴くことができたというわけだ。さっきも書いたが物事がこんなに上手く運んでいいのだろうか。

 

 

ところが「パープル・ヘイズ」を聴いたんだけど、今イチピンと来なかったんだよね。だからボリュームを上げて続きを聴いたら「ファイアー」でぶっ飛んだ。今はB面の「マニック・デプレッション」でぶっ飛んでいる。


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「スマッシュ・ヒッツ」というタイトルから分かるように録音は統一されていないが、得体の知れなさはファーストアルバムに通ずるものがある。やはり「ジミヘンは整理できない」のだろうか。そこで僕は考えた。ジミヘンは3番目じゃないか?と。

 

 

誰が1番目かというとエルヴィス・プレスリーである。2番目は誰だと問われると僕はザ・ビートルズと答える。これについても過去記事に書いた。白人音楽と黒人音楽をごちゃまぜにして世界中を熱狂の渦に巻きこんだエルヴィスがロック界で1番目の巨星だ。

 

 

エルヴィスの後にたくさんの線が出ているが、一番太い線で繋がれているのがザ・ビートルズだ。この2人以後ロック界に巨星は出ていないのではないだろうか?という記事だったように思う。(←「思う」なんて我ながら情けない)

 

 

ザ・ビートルズからも無数の線が伸びたが、太い線で繋がれるまでには至っていないというのが僕のその時の気持ちだった。しかし、ジミヘンは?これを巨星と呼ばずして誰を巨星と呼ぶのだ。

 

 

ザ・ビートルズと活躍の時期が重なっているから気づかなかったが、これはどうやら3番目で確定のようだ。だってジミヘンからも無数の線が出ているんだよ。でもビートルズとは繋がっていないかな?あ、でも「サージェント・ペパーズ」を演奏していたよね、確か。

 

 

ジミヘンからはどんな線が出ているかな?ヘヴィなギターサウンドザ・フーピート・タウンゼントでも彼のギターを聴いてしょんぼりするんだからそっち路線制覇だろ?ファンクもジミがいなかったら、今のようになっていたかと思うところ大だ。ヘヴィなロックとファンク・ミュージックを制覇されたらあと何が残る?アコギ?ジミはアコースティックでも優れたブルースナンバーを演奏しているぞ。声と歌い方も唯一無二だな。やっぱりジミヘンが3番目の巨星だよ。

 

 

となれば、この得体の知れなさの正体をもう少し見極めたいものだ。でも日常的に聴くのが怖い音でもあるように思うんだけど、どうでしょう?得体の知れなさという点ではジョニ・ミッチェルにも重なる。

 

 

最後に、ジミヘンと一番太い線で繋がってるのはプリンスだと思うのは僕だけだろうか?と暴論を吐いて今日はお終いにしよう。早くも酔っぱらってきたぜ。

 

 

 

思えばターンテーブルにのりっぱなしだった

このブログを読んでくれている方ならご存じのように、僕はレコード生活を謳歌している。レコードをとっかえひっかえしては、スピーカーから流れてくる音にウットリしている。しかし、だ。

 

 

高校生の頃の僕は、レコードをとっかえひっかえしていただろうか?という疑問がさっき頭をもたげてきた。してないよな。お小遣いを貯めて購入したレコードの元を取ろうと(←ちょっと嫌らしい言い方だな)、一生懸命聴いていたはずだ。

 

 

つまり、買ったレコードはしばらくターンテーブルの上にのりっぱなしだったことになる。そしてどんなに何気なく聴いていても、段々とその音楽が体に入ってくる。メロディや声や演奏が耳に馴染んでくる。そしてある時気づくのだ。ああこれ(この音楽)は僕の身体の一部になったな、と。

 

 

そういう聴き方をした音は今でも僕の身体の中にあるのを感じている。だからこそ、昨年からのレコードブームでは、今まで聴いてきた作品を買い漁ったのだろう。一番身体に染み付いているのは何だろうな?

 

 

エルヴィス・コステロの「アームド・フォーセス」は確実だな。それにザ・ドアーズのセカンドアルバムもだ。ボストンの「ドント・ルック・バック」もそうかもしれない。そう思うと中3や高1の時に買った作品が未だに残っていることになる。僕がそういう聴き方をしていたのはCD時代になってチャボのソロアルバムを聴いていた時までだと思う。1990年頃までかな?

 

 

ところで最近、今まで聴いたことのない作品をレコードで購入しちゃうという記事を書いた。そしていいな、と思う作品のことをちょろちょろと書いてきた。この「ちょろちょろと書く」という行為が曲者で、まだ身体の中に入っていないということを意味する。これは勿体ない。素晴らしい作品だっていうことは分かっているんだから、もっと何回も聴いて身体に沁み込ませなくちゃ。

 

 

そういうわけで、今、ヴァン・モリソンの「アストラル・ウィークス」(1968)がターンテーブルにのりっぱなしだ。僕が立ってレコードプレイヤーのところに行くのは、A面をB面に換える時と、B面をA面に換える時だけだ。

 

 

暫くはこうしてヴァンの音楽に浸っていたいと思わされる作品である。この前も書いたがベースがいい(調べたらダブル・ベースって書いてあった。更に調べたらコントラバスのことだった)。ストリングスがいい。アコギの響きがいい。そしてもちろんヴォーカルもいい。

 

 

とか言いながら明日の記事で、ブラック・サバス最高って書いてるかもしれないけどね。こういうことに関してはほんとに節操がないからなあ(他の面で節操があるかと言ったら困るけど)。昨日はテレサ・テンとかカーティス・メイフィールドって書いてたしなあ。どっちもよかったんだけど、あの後ヴァン・モリソンを聴いてからは彼に痺れっぱなしなんだよね。

 

 

ところでヴァン・モリソンの音楽ってアルコール摂取をしたくなるようなものじゃない。僕は今、熱い麦茶を飲みながら聴いているが、ちっともお酒を飲もうという気持ちにならない。これも彼の音楽の特徴の一つかもしれない。

 

 

いや、ヴァン・モリソンだけじゃないかもしれないな。ちょっと思いつかないけど、お酒を飲みながら楽しめるバンドって少ないかもしれないな。ルー・リードストーンズでも飲みたいって気持ちにはならないかもしれない。うーん、でもブルースだったらウイスキーとか飲みたくなるかもしれないな。今度の休日にマディ・ウォーターズを聴いて試してみよう。

 

 

 

それでは今日はこの辺で。おやすみなさい。

 

 

 

歌謡曲もいい

今日は1組デイだった。結構緊張する日である。その中でも6年は特に緊張する。だから昨日のように「リラックスリラックス」と心の中で言いながら教室に入った。内容は昨日と同じく「世界の中の日本」という単元である。

 

 

昨日のように地図帳を広げ、いろいろな国名のクイズを出しながら授業を進めていった。そして「イタリア」のところで事は起こった。クラスの不穏分子が「イタリヤじゃねーんか」と言い出したのだ。すかさずクラスで人望も学力もある児童が検索し出した。その周りには不穏分子とその児童に引っ張られがちな児童がわらわらと集まってきた。

 

 

これを意欲が高まった状態と言えるのだろうか。何だか異様な雰囲気だな、と思いながらしばらく静観していた。周りはシラっとしている。そして不穏分子が「やっぱりイタリヤでいいんや」と言い出して事は終わった。

 

 

「うん?そうなん?イタリヤでいいんかい?」と思いながらも、それには触れずに授業を進めた。ほんとはもっとハッキリさせた方がよかったのだろうか。そう思いながらも授業が終わり、ウィキペディアで検索してみると、やはり「イタリア」と表記されている。だいぶ下にいってから、「日本語の表記は、イタリア共和国。通称はイタリアであるが、イタリヤと表記されることもある」と書いてあった。

 

 

うーん、これであの子は納得したのかな。まあ、自分が思っていたことが認められたと感じたのだろう。そうだなあ、サラっと流してよかったと思ってはいる。

 

 

しかし、あの異様な感じは、日常の授業でも見られるのだろうと思う。担任はもう(このクラスに関しては)諦めたと言っていたが、こういう姿も含めてのことだろうと思った。これが4限目。

 

 

3限目は、5年生だった。いよいよプリント学習でダメ出しをする時間だ。僕は提出した児童一人一人にこうしたほうがいいんじゃないか?ここがいいね、一番言いたい部分は?などとダメを出し続けた。これにのれない児童もいるとは思うが、レベルアップのためには乗り越えなければいけないハードルだ。児童は35分ほど、集中して学習に取り組んでいたと思う。問題はこれを続けることだ。これが3限目。

 

 

4年生は2限目だった。グループで取り組んだのなら一人一人持ってこないでみんなで持って来なさいと言ったのだが、この指示が通っていなかった。僕はいちいち提出しに来た児童にそのことを言って、みんなで持ってこさせた。ここでも5年の授業と同じことを言って、ダメ出しをした。でも何だかんだ言って4年生のプリントの方が完成度は高い。僕は「写真を撮らせてくれる?」と言い、その後、みんなに見せて講評をした。

 

 

1限目は3年生でテストをした。このように1限目から4限目まで授業をして1日は終わった。5限目がないと思うと気が楽だったし、頑張ることができた。

 

 

というわけで只今17時30分。既にシャワーと洗濯はした。あとは晩御飯だ。18時になったら動き始めようと思う。そろそろタイトルの話にいくか。歌謡曲もいい、だ。

 

 

テレサ・テンの「つぐない」と「愛人」のシングルレコードを購入したのだが、我が家のB&Wはいい仕事をしていた。まずはバックの演奏がいい。歌手を盛り立てるための演奏に徹しているのがよく分かった。でもさりげなくベースはグルーヴ感溢れるいい演奏だし、パーカッションも効果的に使っているのが分かる。

 

 

あとは歌だ。これがまた素晴らしいのなんのって感じで参っちゃったよ。テレサ・テンの歌声がリビングに広がる。歌詞が素直に心に響く。不倫ってつらいな、でも何とも言えない切なさも感じるな。テレサ・テンはもともと好きだから、なおのことレコードで聴くとしみる。

 

 

しかし、シングル盤にまで手をのばすのはもうやめよう。それに歌謡曲も。そこまで手をのばしたら大変なことになるのは目に見えている。きっとあれもこれもという状態になるに決まってる。

 

 

よしっ、今からカーティ・メイフィールドを聴こう。ソウル・ミュージックで心を揺らすのだ。

 

 

それでは。

 

 

 

ロック危篤?

只今18時30分。今日は、記事を書かないつもりだった。週末だし飲んじゃえとラムトニックを飲み始めていい気分になって「ベストヒットU.S.A.」のマネスキン特集を観ていた。そしたら何となくムラムラしてきちゃって今、記事を書こうとしているというわけである。

 

 

妻はもう家に居る。いつもになく驚異的な早さで家に帰って来た。僕はラムトニックを飲みながらポテチを食べ始めていて、今は夕食を作る気分ではない。

 

 

とりあえず、タイトルの話にいくか。このブログで度々取り上げさせてもらっている「20世紀ロック」では「ロック危篤」だとダイラさんは言っている。そうか。そう言えば僕も以前にオーケンが「今、ロックを聴く人なんて誰もいないですよ」という発言を取り上げた記事を書いたな。その時は「いやいや、昔からロックは少数派だったよ」と書いた記憶がある。

 

 

ホントに今、ロックを聴く人が少なくなっているのだろうか?僕が利用しているタワーレコードでは度々メールで「こんなん出ましたけど、どうです?」とロックのレコードを紹介してくれる。「ベストヒットU.S.A.」では新進気鋭のバンドであるマネスキンを特集している。マーケットが小さくなっていてもロック・ミュージックを聴く人はいるはずだと思うんだけどなあ。

 

 

それにしても小林克也は凄いね。マネスキンにインタビューしてるんだもん。もう82歳だよ。そんな人が20代の人に敬意をもってインタビューしている。それだけでもう「ロック危篤」なんて言えないじゃないかな。

 

 

僕はマネスキンの音楽を日常的には聴かないと思う。でも若者は気に入ったら日常的に聴くと思う。そしてもしかしたら過去のロックバンドも聴くかもしれない。そんな時に「20世紀ロック」なんていう素敵な番組があるんだから大丈夫なんじゃない?

 

 

なんていう僕は楽天的かな?

 

 

まあいいや。Jポップなんかと違ってロック・ミュージックってみんなと共有するというよりはもう少し個人的な音楽だと思っているので、僕は「ロック」が危篤だろうと何だろうとあまり関係ないと言った方が正直な感じがする。

 

 

そういうわけで、「ベストヒットU.S.A.」を観て、思いがけず記事を書いてしまいました。明日は予定通りいけばJUNさんと飲み会だぜ。家を掃除しなくちゃいけないが、今日はもう酔っぱらっててなんもできないや。

 

 

寒い家なんであったかい格好で来てね。

 

 

 

それでは。バイバイ。